2024年01月24日

不登校と医療

※ 長いけどとても大切な内容なので
気合い入れて読んでいただきたいですっ (笑)


「“不登校治療”(?)のための入院病棟」
を開設するとのこと。

“絶対悪”と非難するわけではありませんが、
精神医学の見地から見ても
非常に大きな問題を含んでいるので、
「不登校」と「医療」との関係、
「不登校」研究の歴史などを踏まえながら
簡単に整理してご説明しようと思います。

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
① 「不登校」研究の始まり

「身体問題も非行も怠学もない学校欠席現象」
が話題となり始めたのは
1941年(!)のアメリカ。

それまでは「怠学」
と考えるのが一般的だったが、
当時の研究者ジョンソンが
「学校恐怖症school Phobia」
と名付けたのが最初と言えるだろう。

不登校の子どもたちが学校に入れず
校門の前で立ちすくんで動けない状況から、
「恐怖症」の一種と報告したのだ。

ジョンソンはその後の研究で、
親から離れて
過ごさねばならない状況への不安
つまり「分離不安」が背景にあり、
子どもの親への過依存と
親の過保護によって生じるもので、
本当は恐怖症ではなく、
分離不安が原因で
登校できなくなるに違いないと考えた。

「病気だ」という結論から
「子どものせい」「親のせい」
という結論に結び付けたのだ。


しかしその後アメリカでは
学校教育そのものが大きく改革されてゆき、
現在では
日本とは比較にならないほど緩やかで柔軟な
民主主義教育が実践されている。

もちろんアメリカの社会全体としては
決して素晴らしいわけではなく
むしろ荒んでいる面もたくさんあるが、
インクルーシブ教育も当たり前になっている。

それに対して日本の教育は
今でも戦前の軍国主義の名残を残したまま。

「不登校」の要因についても、
50年くらい前に
アメリカで考えられていたような
「病気」
「家庭の躾」
「子どもの精神力」
などといった安易な結論付けが、
日本では今でも繰り返され続けている。



②1950年から60年代の不登校

遡ること1950 年代、
日本でも「不登校」という現象が
問題として取り上げられるようになり、
50年代後半以降には主に精神科医を中心に
ジョンソンらの意見が輸入され、
「母子分離不安」を伴う
不安神経症の一種として
「学校恐怖症」という言葉が広がった。

しかし当初、
「分離不安が不登校の原因である」
としていたにもかかわらず、
高校進学後の子にも
不登校が見られるようになり、
「分離不安」が原因であるとするのは
無理があると考えられるようになる。


そこで挙がってきたのが
「自己万能感脅威説」
「回避反応説」
「抑うつ不安説」
などのいろいろな説である。

「自己万能感脅威説」とは
小学校までは先生も親も
自己肯定感を高めようと
手厚く接してくれ、
自分も周りも「何でもよく出来る子」
と考える子は少なからずいる。

しかし中学や高校に上がると、
競争も激しくなり
勉強も課題も難しくなるため、
頑張っても乗り越えられない現実を
見せつけられる。

多くの子はそこで自分の身の丈を知り
等身大の自分を受け入れながら
大人へ成長していくが、
「なんでもできる」
を支えにしてきた子にとっては
「なんでもできる」
というイメージが崩れてしまい、
それが苦しくて学校に行けなくなる、
という考えだ。


こういった諸説ある中で
「登校拒否」という言葉も生まれた。

そして1960 年代半ばまでは、
「登校拒否」は分裂病の初期症状や
適応障害の“病気”であるから
治療をしなければならないと、
治療対象としてとらえられていた。

この頃から
「親や本人の問題なのか?」
「学校そのものには問題はないのか?」
という問いは根本的に欠けていたのだ。


③ 「不登校」という言葉

「不登校」という言葉が広がったのは
1968年、日本児童精神医学会で
精神医学者清水将之が使ったのが始まりだ。

「諸疾患のための就学不能
親の無理解や貧困による不就学
非行などが原因となっている怠学
などを除外したものを一括して
不登校(non-attendanncde at school)
と称する。」
と清水将之は述べた。

とは言えこの言葉が定着したのは
もっとはるか後の
1980年代になってからである。

それまでは
「学校恐怖症」から始まり

「登校拒否」

「登校すくみ」

「学校ぎらい」など
様々な呼ばれ方をされていた。


これら言葉の変遷からも読み取れるように、
「不登校」という現象の要因を
病的なものと理解するのか、
本人の意志によるものと理解するのか、
それぞれの立場や時期で齟齬が生じている。

つまり、これまで
「なんで行けないのかわけわからん」から
原因を特定しよう。

それに合った名前をつけよう。

ということを、それぞれの立場で主張し、
50年以上繰り返してきたのである。

その間にアメリカでは
既存の学校教育の限界を認め、
それを前提とした教育改革が進むにつれて
インクルーシブ教育が広がり、

オルタナティヴスクール

チャータースクール

ホームエデュケーションなど

様々な学校以外の育ちの場も
確保されるようになる。

そして“不登校”という状態で子ども達が
精神的に追い込まれることなど
ありえない状況になっているのに。


④ 1970年代の不登校

日本では
1960年代後半から70年代にかけては
授業不適応の児童を“精神薄弱児”とみなして
“特殊学級”を勧めたり、
“自己中心的な異常児”と決めつける傾向が
強かった。

そしてこの時代には、
現在では当たり前になっている
「数値目標」による“不登校の数減らし競争”
よりも、さらに激しい
「自治体間での数減らし競争」があったそうだ。

そのおかげで(??)
1950 年前後に
40〜100 万人だった長期欠席児童生徒は
1970 年代の半ばには
約5万人に急減したという。

しかしこれはあくまでも表向きのことで、
その陰で精神疾患まで追い込まれる子が
後を絶たなかっただけでなく、
世間体などのために
そういう子たちが家や施設などの
社会から隔絶された場所に隔離されて
一生を終えるということも
決して珍しい例ではなかったのだ。


そしてさらに1971 年の中教審答申では
「登校拒否は
自我の発達の未熟さから生じた
幼稚な行動というべきであり、
精神病の診断を安易にすることは
極めて危険である」
と、当時の精神科医療に問題提起をしている。

かつては
「病気だ!」「治療だ!」と
叫んでいたものが
今度は
「家庭だ!」「躾けだ!」と
全く別の方向に振り切る動きとなったのだ。

そういった方向性の“ブレ”もあって
70年代には
児童精神科等以外の心理学者や
行政、非専門家など
さまざまな論議や実践が出てきた。

その例としては
早期の学校復帰を目指して
体育学者が実践した「キャンプ療法」、
「引き出し屋」とよばれる
引きこもりの子を暴力的に引っ張り出す商売、
さらには、
暴力を用いたスパルタ教育を実践する
「戸塚ヨットスクール」が開校したのも
この時期である。

ちなみに戸塚ヨットスクールの開校当初は
一般の人々の中にも一定の賛同者がいた。

戸塚宏はTVバラエティなどにも出ていたし
教員の中にも
「これくらいの躾が必要な子はいるよな」
という意見を言う者もいた。

それだけ“暴力に鈍感な社会“だったのだ。


その後、1979年から1982年にかけて
体罰が原因で塾生5名が死亡し
傷害致死罪、監禁致死罪で
起訴された戸塚宏は
懲役6年の刑が確定するが
保釈中の1986年に保釈された際に
戸塚ヨットスクールを再開。

1987年には石原慎太郎を会長とする
「戸塚ヨットスクールを支援する会」も発足した。

2006年に満期出所したのちに再び活動を始め
その年10月には25歳の訓練生の男性が
スクール近くで水死体となって発見。

2009年には18歳の訓練生の女性が
戸塚ヨットスクール寮から飛び降り自殺。

2010年には30代の訓練生の男性が
スクール寮から転落し重傷を負う。
2012年にも21歳の訓練生の男性が
寮から飛び降りて自殺。

これだけの人を死に追いやってもなお
自民党の政治家西村眞悟

コメディアン伊東四朗

元航空幕僚長田母神俊雄

登山家野口健

などの著名人が支援し、
需要があって生徒が集まるという
まさに日本の狂気である。


⑤ 80年代の不登校~
80年代は学校が荒れていた。

自分が信愛学園(現 浜松学芸高校)
に勤め始めた僕はこの頃の“荒れた学校“を
リアルタイムで体験した。

暴走族が校内にバイクで入ってくる
昼休みに校内で生徒がタバコを吸う
街で生徒が万引き事件を起こす
暴力事件を起こす
怒らない先生の授業は無法地帯
などなど。

ま、毎日ワクワクドキドキで面白かった。

でも毎日がそんな状態だったから、
不登校に関しては
ほとんど手が回っていなかったのは確か。
それは今でも大きな反省点の一つだ。



▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
こんな学校教育現場にいた自分は
当時知る由もなかったが、
ちょうどこの時代、児童精神科医渡辺位は
それまでの不登校観を大転換していた。

渡辺は学力偏重の学校教育を批判し
不登校(登校拒否)は
「自己喪失の危機にさらされる学校状況から
自己を防衛するための回避行動である」
と考え発表したのだ。

渡辺の見解以降、
「病んでいるのは
不登校になった子どもではない。
不登校を生み出した学校教育なのだ」
そして
「不登校は“病気”ではない」という認識が、
世の中に広がっていった。


渡辺の発想は、
当時世界中の精神医学で広がっていた「反精神医学」や
精神医療改革の流れとリンクしている。

精神科医ロナルド・D・レインは
その当時

「これまでの精神医学は、
失調を生み出す社会環境に側には目を向けず、
ひたすら個人側の脳やこころの問題として捉え、
個人に『病気』『障がい』のレッテルを張ってきた。」

「精神障害者とされる人たちは社会の孕む
矛盾や負荷のしわ寄せをこうむった者で、
しかも社会は彼等を『病人』『異常な存在』として
差別や排除を行い二重に苦しめてきた。」

と唱え、
環境が人を病へと追い込むということに気づき

「根本的な治療とは環境を変えることである」

と主張した。

自分も臨床的に実感していることではあるが
成育歴や環境によって
精神的に追い込まれてゆくケースが非常に多い。

精神疾患は“環境の病”と言っても過言ではなく、
環境を変えることによって
疾患の症状が軽減され、
治癒に向かうことも珍しいことではない。

通っているみんなと
日々向き合っている私たちとしたら、
「環境を整えることの大切さ」は
ごく当たり前の感覚として
身に染みて実感していることだ。

世界で広がっていた精神医学改革の潮流は

「入院によって治療する」から
「生活環境の中で治療してゆく」へ

「精神疾患は薬で治す」から
「向精神薬の乱用は止める」へと

変わっていった。


⑥ 医療・福祉の立ち遅れ

その一方で、1960年代から
ハンセン病患者と同じく精神患者に対して
隔離収容政策を行っていた日本では、
世界の流れに大きく後れを取っていた。

1968年には、世界保健機関が
日本における人権無視の精神医療に対して
警告を出していた(クラーク勧告)が、
日本はこれにも従っていなかった。

そして1983年、
宇都宮病院で、看護職員らの暴行によって
2名の患者が死亡した事件(宇都宮事件)
がきっかけとなって
1987年、精神保健福祉法が制定された。


これを機にやっと、
入院規定の整備、入院後の処遇改善なども
明文化された。

それによって、
患者に対する不適切な処遇は改善され、
明るく開放的な病棟が一般的になってゆく。

1995年
虐待によって強制労働させた「水戸事件」

1995年
入院患者不審死26件という大和川病院事件

2001年
朝倉病院事件、箕面ヶ丘病院事件

2009年
患者が身体拘束中に死亡した貝塚中央病院事件

2013年には国連人権理事会が日本に対し、
本人同意のない長期入院が非常に多いこと、
過剰な身体拘束と隔離を警告

2014年に日本が
障害者権利条約を批准したのちも

2015年
石郷岡病院事件、相模原障害者施設殺傷事件

2020年
看護職員6名による複数入院患者への
虐待が発覚した神出病院事件

などなど、
いまだに日本の医療現場や福祉現場は
人権や差別に対する意識や
従事者の資質といった
根本的な多くの課題を抱えているのだ。


前述した渡辺位が述べた主張は
レインが統合失調症で述べたことの
不登校バージョンと言ってもよい。

つまり渡辺は、不登校という現象を
社会体制全体の環境の問題と捉えたのだ。

精神医療で
「環境が問題なのだ」
と主張するようになったように、

障がい福祉で
「障がいは個人ではなく社会にある」
と訴えたように

不登校も
「学校という環境が作り出したものだ」
と気付いたのである。

この頃から
「不登校」という表現が一般的になってゆく。

そして、
「不登校は病気ではない」
「学校という教育環境が合わないために起こる
自己防衛反応である」
という認識が
有識者のみならず一般にも広がる。

そして
1985年に始まった東京シューレを始め
1990年代にかけて
全国各地で次々とフリースクールが
開校してゆくこととなった。


さらに2016年に制定された
「教育機会確保法」では

・子どもたちが学校以外の学びの場で育つこと

・子どもにも休む権利があること

・国及び地方公共団体は保護者や生徒に、
フリースクールなど学校以外の育ちの場を
紹介しなければならないこと。

・国及び地方公共団体は
フリースクール等学校以外の場における活動に
必要な財政上の措置を講じねばならないこと。

が明記された。

とは言え
これまでの日本の教育行政の中では
フリースクールに対する
恒常的な経済的支援はほとんどなく
現在もフリースクールに対する
財政的支援がないことはもちろん
保護者や子どもたちへの紹介すら
徹底されてはいない。

それもあって、これまでに生まれた
たくさんのフリースクールの中でも
今でも存続しているのはごくわずかである。


⑦ 不登校は“問題”なのか?
以上、不登校の歴史をざっくりと書いたが、
今一度根本的な問いに立ち返る。

それは
「不登校は“問題”なのか?」という問いだ。

「学校恐怖症」と呼ばれ
「分離不安が原因」と言われていた初期。

そして

「分裂症の初期症状、適応障害であるから
治療が必要だ」と言われていた時代。

「『学校ぎらい』であり家庭の躾けや
本人の性格や未熟さが原因だ」と
厳しい指導が肯定されていた時代。

さらに

やっと環境に着目し言及するようになり

「病気ではない。」

「自己防衛のための回避行動である。」

「学校という環境の問題である。」と

精神医学とともに進歩を遂げた現在。

こう考えれば、
問いの答えは明らかであるはずだ。

不登校そのものが“問題”なのではなく、
子どもたちを不登校に追い込む
学校という環境が“問題”なのだ。


こう言うと、
「いや、学校は良いところです!」
「先生たちも頑張ってます!」
と主張する人もいるだろう。

自分も先生という仕事をしていたから
学校という教育システムの
優れた面も便利な面も
たくさん知っている。

いつも精一杯頑張っている
誠意溢れる先生たちも知っている。

でも僕は絶賛も全否定もしない。
学校にいるのが合っている子もいれば
学校にいるのが合っていない子もいる。

それだけのことだ。



学校環境の中で育つ子もいるが、
“それが全てではない”ということ。
そもそも、学校が全ての子どもたちにとって
理想的な場所であるわけがない。

「楽しい学校生活を送った」

「苦しい学校生活を乗り越えたから今がある」

などという大人や
小学校、中学校、高校、大学、勤務校と
「学校」という世界でしか生きてこなかった先生が
不登校の子たちに
いくら「頑張れ!」と言ったところで
多くの子どもたちは精神的に追い込まれるだけ。

不登校が問題なのではない。

「『不登校は問題だ』と言う自分たちこそが
問題である」
ということに気づかなければ、
不登校という現象の先にある、
深刻な問題は解決の方向へ進むことはない。


⑧ 「不登校」の治療って?

子どもは本来とてもまじめな存在である。

アイデンティティが確立されるまで
保護者の言葉を絶対的なものと信じ
自分を律しようとする気持ちが非常に強い。

だからしばしば
「~しなければいけない」ということを
「~したい」という言葉で表現してしまったり、
この違いを認識できない子も少なくない。

さらに、親の望む自分であろうと
「学校に行かなければいけない」を
「学校に行きたい」と表現してしまうのは
決して珍しいことではない。

そのため大人は、
学校という環境に合わず疲れ切っていても
「学校に行かなければいけない」と思い続け、
無理をして通って精神的に追い込まれ、
ついには病んでしまうという
子どもたちの心の中を
見落としてしまいがちなのだ。

さらにこの場面で、先生や親から
「学校に行きなさい」
「学校に来ないとダメ」
という言葉をかけられれば、
事態は更に深刻なものとなる。

統合失調症にまで追い込まれる子も
珍しくはないのだ。


こうして、
不登校と精神疾患とが結びつく。
「精神的に病んでいるから不登校になる」
のではなく、
「『学校に行かなければいけない』
と自分を追い込み、
『学校に行きなさい』
と周りから追い込まれ、
その結果として精神的に病んでしまう」のだ。

この極めて単純な構図に、
児童精神科医のほとんどは
気付いているはずだと僕は信じたい。

環境を改善することもなく
ただ子どもを入院させて服薬させ
病院で規則正しい生活をさせたとしても
一時的な対症療法に過ぎないことも
児童精神科医ならばわかっているはずだ。


以前、ある病院の児童精神科医が
ある子どもを
「学校復帰のために」
「お母さんを安心させるため」
入院させると言ったことを覚えている。

僕は個人的には、
鬱状態や疾患の病症が酷い子や、
ゲーム依存やネット依存に陥り
昼夜逆転してしまっている子のために、
一旦環境を変えたり
依存を断ち切って
生活習慣を戻すために入院させる
ということには必ずしも反対はしない。

しかし、
「学校復帰のために入院」というのは
これまで長々と書いたように
本質的な解決策ではないと思っている。

一時的に環境を変えて心をリセットする
くらいの意味はあるかもしれないし、
その後継続的に
学校で生活するようになる可能性も
全くないとは言えない。

「学校に“適応”させたい」と願う
保護者の気持ちと
「学校に戻らないとダメ」という
本人自身の気持ちを
一時的にでも満たすかもしれない。

しかし、何度も入院してみたものの
退院して程なくして再び不登校になったり
入院前よりも酷い状態になるケースは
これまでもたくさん見てきた。

本人を変えようとするばかりで
環境を変えないのだから
それはある意味当然の結果だ。

それでもなお
「学校復帰のために」
「お母さんを安心させるため」と
入院を勧める医師の姿勢は
正直理解しがたいものがある。

ただこの記事には
「学校復帰」という文言がないので
「不登校に特化した治療」ということが
どういったイメージのものなのか
今一つ見えてこない。


⑨ 「不安」は環境が生み出すもの

記事には
「不安症やうつ病などの精神疾患による不安や、
注意欠陥・多動症や自閉スペクトラム症などの
発達障害が不登校行動の促進要因になっている」

「投薬による不安改善や
認知行動療法による治療に加え、
自宅と離れた環境での生活環境の改善を図る。」

「院内学級を設けることができれば、
不安の原因にもなる勉学の遅れを解消でき、
基礎学力や生活のリズムを整えられる。」

と書いてあったが、
正直、首をかしげる点がいくつもあった。


何度も繰り返すが
不登校の子どもたちが

「不安症やうつ病などの精神疾患による不安」

を抱えているとしたら
それは、

不登校になっている自分を
「学校に行けない自分はダメだ」
と責めている

または
親や先生が
「学校に行かないあなたはダメだ」
と追い込んでいるからだ。

その不安は、
不登校になった“原因”ではない。
追い込まれた“結果”である。

そしてもう一点。

「注意欠陥・多動症や自閉スペクトラム症などの
発達障害が不登校行動の促進要因」

という表現も、整理して考えれば
その誤りに気付くはずである。

「注意欠陥・多動症や
自閉スペクトラム症などの発達障害」
そのものは
人それぞれの個性であり特性に過ぎない。

教育現場が
その個性や特性を理解しないから、
教育現場が
その個性や特性を受容し生かす教育をしないから、
本人がしんどくなって
不登校になる。

それらが「促進要因」なのではなく、
学校環境がそれらを理解・受容できず、
規則や枠の中に杓子定規に
当てはめようとして
本人に過大なストレスを与えた結果、
不登校となるのだ。



この不登校病棟開設の記事を読んで
「良いことだね」
「こうやって不登校が減るかもしれないね」
なんて考える人は少なからずいるだろう。

しかし僕にしてみれば
「学校に行かなければダメ」
という固定観念に縛られた
古い「不登校観」を持った人々によって
知らず知らずのうちに
追い込まれてゆく子どもたちの姿が
眼に浮かんできてしまう。

もしかしたらこの記事は、
記者の思い込みや誤解がベースとなって
拙い表現で書かれているだけで、
病院のスタンスは微妙に違うのかもしれない。

でも実はこの記事は、
教育、医療、福祉、そして報道でも
さまざまな人々が、
「精神疾患」
「発達障がい」
「不登校」
「教育環境」の相関性を整理できず、
「原因」「結果」など
客観的な分析や理解が不十分であることの
象徴であるのかもしれない。

(了)

#不登校
#ドリームフィールド
#医療
#発達障がい
#不登校も権利
#学校


  


Posted by さっさ at 21:51Comments(0)

2024年01月24日

冗長な年賀状

あけましておめでとうございます!

かれこれ30年くらい続けてきた
コラージュの年賀状ですが、
いよいよ力尽きたのでやめようかと思い、
今年は一切作っていません。
最近では友平君に手伝ってもらったりしていましたが、
それさえも疲れてしまったので。。。
そこでこれを年賀状の代わりとさせてください(^_^

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

2023年
いろいろなことがありました。
良かったこと、良くなかったこと
嬉しいこと、悲しかったこと
出会いや別れ、いろいろありましたが、
総じて言えば、至らないことがたくさんあった年
周りのみんなに助けられた年でした。

もちろんそれらは今に始まった事ではなく
毎年同じことの繰り返しなんですが 笑

昨年は特にストレスやコンプレックスの多い
煩悩の一年でした。
ネガティブなことを挙げてゆけば
気が滅入ってゆくばかりか、
眼の前にある大切なものを見失ってしまうので
いつもすべてポジティブに捉えようとしています。

でも自分とて鉄人ではないので
この機に自分自身整理しようと思います。


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

自分自身、ずっと変わり者であり
マジョリティにはなれない生き方をしてきました。

集団の中にいても居心地が悪く
大きな流れに流されるのが苦手。

学生時代も教員時代もずっとそうだったけど
幸いなことに、その時々で
自分の居場所や逃げ場所が見つかって、
自分のペースで生きることができました。

きっとそんな自分だからこそ
不登校の子たちや
発達障がいという範疇に当てはまるみんなの
生きづらさを感じることができたのだと思います

自分自身明らかにADHDで、
忘れ物は多い
じっとしていられない
落ち着きがない
すぐに動こうとしてしまう
自分のペースで動いてしまう
食べるのが早い、汚い 笑
人と話している時に別のことを考えてしまうことも
などなど
周囲との不適合感はずっと感じていました。

思い起こせば病的だった時期も多々ありました。

でもおそらく生活経験の中で、
自分なりの対処方法や居心地のいい生き方を
身に付けることができたのだと思います。


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

そして何よりも「変わり者」「社会不適合者」「マイノリティ」
としての開き直りやプライド
そんなものを持つことができたから
今こうして自分の特性を生かして
同じく「マイノリティ」であるみんなと
向き合うことができているのだと思います。

でも最近になって、
この「マイノリティ」としての誇りが揺らいでしまったり
「マイノリティ」らしい生き方っていうものを
見失いそうになることが増えたように感じます。

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

例えば「不登校」。
学校に通う子はマジョリティ(多数派)であり
不登校の子はマイノリティ(少数派)。

でもマイノリティだからこそ
見えることや気付くことがあります。

例えば、自分の子どもや身近な子が
不登校になって初めて
学校という教育システムの歪みに気づく
ということはしばしばあります。

不登校になったからこそ
自分らしい生き方が見つかることも。

でも人の心の中には
マジョリティであることの安心感というものが
多かれ少なかれあって
子どもが不登校になると
親も子ども自身もどうしても不安になります。

そして不登校の期間が長くなると

① 不安のために精神的に追い込まれてゆく

② 開き直る

どちらかの方向へ向かってゆきます。

前者の場合、
親も子どもも精神疾患にまで至るケースも多く
明らかに後者の方が良いのですが、
これが容易なことではないのです。

「マイノリティでいいじゃないか」

とはなかなかなれないもの。


もちろん自分としては

「マイノリティであることも
素晴らしい生き方なんです!」

ということを伝えられれば、
マジョリティに戻ろう
マジョリティでいよう
と苦しみながら生きるよりも
ずっと自分らしい楽な生き方ができるはず
と身を以て信じています。

でも、どうしても
マジョリティに戻らなきゃ
マジョリティの方が幸せ
という方向に向いてしまいがち。

子どもがフリースクールで
生き生きと暮らせるようになるにつれて

「これならまた学校に戻れるのでは?」と

再びマジョリティを目指してしまう
親も子どももいます。

とはいえそれが結果的に
吉と出るか凶と出るかなんてことまでは
僕にはわかりませんし言えません。

「学校に戻れるように頑張ろう!」

なんて言う先生や

「うちの高校に来れば大丈夫!」

なんて言う私立通信高校の営業マンとは
見えている世界が違うので 笑

だからこそ僕自身はマイノリティでありながらも、
マイノリティとマジョリティとの
狭間で揺れ動く子どもたちや親の気持ちと
向き合いながら、
よりベターな生き方を模索しているつもりです。


こういった
マジョリティとマイノリティ
ということに関する課題点は、
「発達障がい」というものについても
「精神疾患」というものについても同じです。

福祉の世界でも

「就労支援事業所は
利用者への賃金や原材料費をすべて
そこでの売り上げから賄うべきだ」とか、

「学校に行っていなければ
児童対象の福祉サービスである
放課後等デイサービス(旧児童デイサービス)を
利用できない」とか

「それが通信制高校であっても、不登校であっても
学校に籍を置いている子は
就労系の福祉サービスで働いてはならない」とか

それぞれにいろんな個性や特徴があるのに
みんなを同じ仕組みの中に
当てはめなければいけない決まりが
たくさんあります。

本当はマイノリティの側から見れば
マイノリティを尊重できない社会そのものが
「不適合」であり変えるべきなのに
マイノリティは「不適合」であると考え
マイノリティが「適合」しなければいけない
と考える人は少なくありません。

だから、開き直って

「そんなくだらない社会だったら
“社会不適合者”と言われようがかまわないぜ!」

なんて言おうもんなら、

「“社会不適合者”なんて乱暴な言葉を使うなんて」

と怪訝そうな顔をされるくらいがオチなのです。

「社会に適合すること」
とはつまり
マジョリティ化することであり、
今の社会そのものが変わらなければ
それは不可能なことなのに。。。

僕はこれまで幾度となく

「不登校を楽しもう」

というフレーズを使ってきましたが
これは開き直りの言葉であり、
むしろそこにプライドを持ちましょう
という想いを込めています。


また
「ギフテッド」
「サヴァン症候群」
といったカテゴリーに
希望を見出そうとする方もいらっしゃるでしょう。

そういった親の気持ちは自然なことだと思います。
でも、それだけが幸せの道ではありません。

地味で何のとりえもないように見えるけれど
心の中に素晴らしいものを持って
幸せな人生を送っている人は
あちらこちらにいくらでもいるのです。

そして、むしろこういった範疇に含まれる
特別な能力を開花させる子も、
身近ではない人たちからすれば

「マジョリティの中での特別な子」

と見られるだけで、
心の中まで尊重され大切に扱われるとは限りません。

自分が存じ上げている福祉事業所はどこも
まずは子どもたち一人ひとりを大切にして
一人ひとりの中から湧き上がる気持ちに沿って
子どもたちが自然と成長することによって
それぞれの才能を伸ばしたり開花させたりしている
というところばかりですが、

「あなたのお子さんの特殊能力を伸ばします!」

などというキャッチフレーズで親の気持ちに付け込み
“お客さん”を集めて商売に利用しているような
塾や専門学校なども少なくありません。


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

また、LGBTに関する議論の中で

「LGBTの人が増えたらどうするんだ!?」とか

夫婦別姓の問題に関しても

「別姓の夫婦が増えたらどうするんだ!?」

と言う人もまだまだたくさんいます。

つまり

「少数派が多数派になったらどうするんだ!?」

ということなんですが
こういった人たちもまた
マイノリティをマジョリティ化する考え方が根底にあり
またさらにその奥には

「マジョリティであることが当たり前」

「マイノリティは劣っている」

といった固定観念さえ持っている人たちなのでしょう。


▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

「マイノリティであることに開き直って
むしろ誇りをもって生きてゆくことの
素晴らしさを伝えたい。」

「こんな世の中を何とか変えたい。」

そう願いながらも

「何を伝えられたのだろう?」

「自分に何ができるのだろう?」

「何が変わったのだろう?」

という問いかけを反芻し続けた1年でした。


でも周りを見れば
同じ想いで日々踏ん張っている人たちはたくさんいます。

スクールやいもねこのスタッフもみんなも
いつも精一杯の力を振り絞ってくれています。

かつて自分やさっさが
些細な変化や出来事も見逃さないように心を配り、
本人には気づかれないよう
陰ながら悩み、落ち込んだり、喜んだりしながらも
さりげなく支えてきた子どもたちが
今では成長してスタッフとなっています。

そして逆に今のスクールの子どもたちを
些細な変化や出来事も見逃さないように心を配り、
本人には気づかれないよう見守り、
陰ながら悩み、落ち込んだり、喜んだりしながらも
さりげなく支えてくれています。

クラウドファンディングの時も実感しましたが
わたしたちを取り巻くたくさんの皆さんが
私たちを支えてくれています。

他の事業所や福祉関係の皆さんでも
同じような想いで
周りのみんなと向き合い支えていらっしゃる方が
たくさんいらっしゃいます。

そして
ドリーム・フィールドを、いもねこを
支えてくださっています。

今年はこういった感謝の気持ちを忘れないように
ネガティブになりそうな自分を立て直しながら
踏ん張ってゆこうと思います。

今年もどうかよろしくお願いします!!











  


Posted by さっさ at 21:00Comments(0)

2023年08月12日

教育が変わるかもしれない第一歩 ⑥ ラスト!

「フリースクールを含めて、
学校以外にいろいろな選択肢があるということを
子どもたちや保護者の皆さんに知ってもらうために
『アイマップ』を全校全生徒に配布すべきでは」

三好さんから
こういう意見も出されました。

アイマップとは、
静岡県教育委員会がつくった
「ニート・ひきこもり・不登校などで悩んでいる
子ども・若者やその家族の支援に関わっている、
静岡県内の支援団体・相談機関等を紹介する冊子」
だそうです。

「それは良いですね!!」と僕は大賛成しました。

こういうのに細かい情報が書いてあれば
いろんな選択肢を選べるし、
「フリースクール=お金が高い」っていう
思い込みによる誤解も解けるかもだなぁ。

どんなこと書いてあるのかなぁと思い、
昨日ネットを検索して
そのアイマップがどんなのか初めて見ました!

で、うちのことはどう書いてあるかな?
って探したけど

「って。。。ないじゃん!!」

思わず笑ってしまいました(^^♪

県内80以上もの「民間支援団体」リストに
ドリーム・フィールドが載っていなかったんです 笑

きっと僕が
掲載申し込みしなかったんでしょうね~ 笑

ま、いいか 笑
次回は載せてもらおっと!!

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

そして終了時間間際のわずかの時間に
この日の議題のもう一つ
「県の補助金支援の在り方」という話題に触れました。

フリースクールに経済的支援をする方法と
保護者に対して経済的支援をする方法との
2つがあるとのこと。

僕は

「おそらくこういう『お金』を分けるって話になると
もちろん財政的に厳しいフリースクールにとっては
死活問題なので当然大切なことではありますが、
金儲けに眼の色を変えて飛びついてくる企業とかも
必ず一定数はいるもので、
そういう人たちが飛びついてくると、
必ずと言っていいほどいろいろな問題が出てきます。」

「放課後等デイサービスとか福祉の新サービスでも
よくあることで、結果的に
そういう営利的な団体の劣悪な環境づくりに
加担することになってしまうこともあります。」

「ですから、僕は
民間施設へ直接支援をするというよりも、
不登校の保護者に経済的な支援をするという
手法を選ぶ方が良いと思います。」

と意見を述べました。
県教委の立場にしてみても、
「どこのフリースクールはもらうべきで
どこはもらうべきではない」とか
評価したり選別したりすることは
大変だろうし、実際無理があるし。

「どこはもらって、どこはもらえない」とか
いうクレームが出たり、
そういうめんどくさい話聞くのも嫌だし 笑

何よりも、支援を受けた保護者の皆さんが、
子どもたちの生き方を支えるために
納得のいく形で支出すればいいよねって話。

育ちの場を選び、
それが自分にとって必要なものだと判断するのは
子どもたち自身であるべきですから。

だからこそ、補助金云々の以前に
うちら民間施設も
常に子どもたちにとってベターな
育ちの場としていられるよう、
ブレることなく
努力し続けなければいけないと思うのです。

選択の場を広げるためには、
受け皿である私たちたち民間施設も
それぞれの持ち味を生かしながら、
根っこには
しっかりとした理念を持った育ちの場を
増やしていかなければ。

学校も先生方も変わってゆかなければいけない。
でも、うちらもまた
子どもたちに対して
集まって来てくれるみんなに対して
自分たちのこの場所が果たすべき役割を自覚して
常に内省しながら努力してゆくべきなんです!

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

ということで、研究協議会は終わりました。

終了後、県教委の皆さんが、
ROCKTシャツ長髪じいさんに
笑顔で声を掛けてくれることに
感謝の気持ちを抱きながら
県庁を後にしました。

次回は9月。

県教委の担当者が事前に廻った
30カ所ものフリースクールの代表者が
一堂に会しての連絡協議会だそうです。
いろんな人たちに会えるのが楽しみです!

長々と書いてきましたが
公的教育機関と民間施設等の連携に関して
僕が提案した中で実現してほしいことを
一つだけ絞るとしたら、
私たち民間施設が直接関わる
小中学校の先生方への勉強会です。

実現するかなぁ~??
どうかなぁ~??

不登校
障がい
差別
虐待
貧困
政治
人権
平和

どんなことでもその先には
子どもたちの未来があります。

そして
未来をより良くしていくために
発言し発信してゆくことは
湖に石を投げ入れて
埋めようとするような
気が遠くなり
しばしば気が滅入る作業です。

でも私たちは
たとえどんな小さなことでも
いくら非力であっても
私たちにできることを
諦めずに続けるしかありません。

そう自分に言い聞かせています。

(了)




  


Posted by さっさ at 21:39Comments(0)

2023年08月11日

教育が変わるかもしれない第一歩 ⑤

今回の研究協議会の議題は、

・公的教育機関と民間施設との
連携の在り方について

そして

・県の補助金支援の在り方について

の2つでした。
そしてほとんどすべての時間が
この1つ目に費やされました。

「教育とは何か」
「不登校というものをどうとらえるか」
というところに立ち返って話ができたことは
とても有意義だったと思います。

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

今まで書いた内容の他に僕は

「『教育』の範疇だと
『福祉』という意識が欠け、
『福祉』の範疇だと
『教育』という意識が欠けている。」
ということも述べました。

まず「教育」の範疇つまり学校教育においては
先生方が発達障がいを
臨床的に学ぶ機会が少なすぎるのです。

実際にはそういった特徴を持った子どもたちは
眼の前にたくさんいるのに、
それにすら気付かないことが多いのです。
もちろん一部の先生だとは思いますが、
先生の発達障がいへの理解不足と
誤った対応によって
子どもたちが傷付いたという相談は
後を絶ちません。

でももしかすると、
結局のところ、先生の感性や感受性によるのかも。
感性があって感受性の鋭い先生ならば
子どもたちが傷つくことも少なく、
周りから
子どもたちへのサポートの仕方を学んでも
スーッと吸収できるものです。

しかし
感性に欠け感受性の乏しい先生だと
どうしても自分基準や固定観念基準で
子どもたちにグイグイと押し付けたり
時には子どもたちを力ずくで従わせたり、
思い通りのことをさせようとしたりします。

周りから大切なメッセージを伝えても
耳から耳へと抜けてしまうものです。

発達障がいという知識に関しては、
近年、言葉としての情報は届きやすいのに、
それを今眼の前にいる子どもたちへの対応に
生かせていないことが非常に多いのです。

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

その一方、「福祉」の範疇では

「そもそも教育とは何だろう?」
「療育とはどういうものだろう?」

という根本的な共通認識を持つ機会が
ほとんどありません。

みんな漠然と
「教育」とか「療育」という言葉を使います。

「教育」=「学習」と
「療育」=「訓練」と
思い込んでいる人も少なくありません。

これらは、
発達障がいに関する理解が広まっている
現在において
旧態依然とした価値観であると
言わざるを得ません。

なぜなら、
最初に書いたように
「学習」とは「教育」の一分野に過ぎず、
「学力」とは生活する上でのツールの一つ
時には進学のために一時的に使うツールに
過ぎないからです。

また
「療育」とは

「心身に障がいをもつ児童に対して、
社会人として自立できるように
医療と教育を、バランスを保ちながら
並行してすすめること。」
と言う意味だそうですが、
ここでも「教育」という概念の捉え方によって
大きく異なります。

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

一方では
「教育=訓練」と捉える人たちがいます。
特別支援学校や支援級の先生
特にベテランの先生の中に見受けられますが
「生活習慣を身に付けさせるために
決まりを守らせ、心を鍛え上げる」ことが
教育だという考え方です。

もちろんそういうアプローチが
必要な場面もありますから、
全否定はしません。

しかし、自我が確立されていたり
感受性の高い子どもたちにとっては
「躾けられる」「訓練される」ということが
時に子どもたちを抑圧し、プライドを傷つけ、
苦痛を感じさせるものであるということを
知るべきでしょう。

その一方で
「教育=学習」と捉える人たちもたくさんいます。

そういう人は最近特に増えていますが、
IQが高めで発達の特徴を持った子らへの支援は
学習をサポートすることだという考え方です。

発達障がいに関して理解のある福祉関係者
保護者の皆さん、
そして放課後等デイサービスを
運営する人たちにも
そう考える方はたくさんいらっしゃいます。

これに関しては、
これまで何度も書いてきた通りです。

これら2つの捉え方は近視眼的なものであって、
時には
生きる上で役に立つこともあるかもしれないけれど
「社会への自立」そして
「幸せな人生を送る」という本来の目標のために
必要不可欠なものとは言い難い。
僕はそう認識しています。

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

「『教育』とは本来、自らが学び、“覚醒”すること」

「学びの機会はプログラムされた『学習』に限らず
生活の中のどこにでも転がっており
人と関わることによってその機会は倍増する。」

「教育の目標とは、自分の生き方を
より良い方向に主体的に選択し、権利意識を持ち、
他人を認め、自らも認められ、
互いに支え合えるような人として
育つことである。」

僕は自分が学んできた実存的教育学の中から
教育とはそういうものだと認識しています。

だから個人的には、
もともと人それぞれが持っている
「発達障がい」とカテゴライズされる特性に対して
必ずしも「医療」が必要ではないのではないかと
「療育」と言う言葉そのものに
違和感を覚えることがしばしばあります。

会議ではここまでは話せませんでしたが、
こういう「教育」の本質論を含めて、

「もっと教育、福祉、医療とが連携すべきだ。」
と述べました。

もうひと息!!







  


Posted by さっさ at 16:54Comments(0)

2023年08月11日

教育が変わるかもしれない第一歩 ④

三好さんと自分とで、
遠慮も忖度もなく
意見をぶつけているにもかかわらず
皆さん真摯に耳を傾けているところが、
この事業がこれまでの不登校対策と
一味違うところでしょう。

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

最初に書いたように
そもそも僕が
教育委員会関連の会合に招かれることは
とても珍しいんです。

平成25年度、うちらが企画した
“SCHOOL OF ROCK”という事業が
珍しいことに
「文部科学省いじめ対策等生徒指導推進事業」
の一つとして採択されました。

これは、
僕とスクールスタッフ、ブルーハーツ梶原さんが
約一年間、浜名小学校6年生2クラスで
パーカッション、曲作り、歌、ダンスなど
一緒に音楽を楽しむ講座を続けながら
子どもたち一人ひとりの
特徴や特性、関係性などに注視して
担任と情報共有をし、
いじめのない温かい環境づくりを
目指してゆくというものでした。

その事業終了後、
文部科学省での報告会に参加しましたが、
何百人もの教育関係者、事業受託団体に紛れて座る
ROCKTシャツのおじさんが“浮いている感“の
ハンパなさと言ったら 笑
でもこの会議ではそんなことちっとも感じません。

あ、僕が空気を読まなかったから?笑

いやいや、今回県教委が持っている
「耳を傾けてゆく覚悟」があるからでしょう。

僕はいつでもどこでも言いたい放題ですが(笑)
今回は手ごたえのある言いたい放題でした(^^)

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

こんな僕でも
福祉関係、医療関係、幼稚園、自治会など
いろんなところから
講義や講演会、勉強会などに招かれ
話をしてきましたが、
学校に招かれて講演をしたのは
記憶の限りだと中学校で2回、
高校と小学校PTA各1回と
極端に少ないのです。

「先生」という“肩書”を持った人たちにとって、
僕のように“肩書”を持たない人間は
扱いにくいんだろうな 笑
本当は学校の先生たちにこそ話をしたいのですが。

そんな話をしたら、三好さん

「僕はよく教育委員会などで招かれて話します。」(!)

「でも講演や勉強会などに先生方を招いても
ほぼほぼ来ませんね。平日は忙しいから。
夜間や休日はクラブや行事、または勤務外だから。
いろんな理由で。」

全くその通り。
自分も20年も教員やっていたから
皆さんお忙しいのはよくわかる。

学芸高校に勤めていた時代、
「忙しい。忙しい。」が口癖で、
定時になるとそそくさと帰ってゆく先生も
何人もいましたが 笑
そういう人はともかく、
熱心な先生ほどめちゃくちゃ忙しいのも確か。

それならば、学校のトップが引っ張って
「仕事」として勉強の機会を設ければいい。

でもぶっちゃけ、
学校教育現場にどっぷりと浸かってきた
特に管理職のような先生方の中には、

「学校外の連中のアドバイスなどいらない」

「学校に批判的な話など聞きたくない」

と思っている人たちが少なからずいます。
柔軟で包容があり想いを持った先生が
学校の在り方に疑問を持って
変えてゆかねばと思ったとしても、
こういう人たちが「岩盤」となって
なかなか変わってゆかない。

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

これって学校に限らずいろんな場所で、
社会全体としてもありますね。。。

でも、そういう
「既成概念」「固定観念」で凝り固まった
「岩盤」を切り崩さなきゃ、
社会を変えてゆくことも
子どもたちの未来を明るくしてゆくことも
できないんだけど。。。

既存の不登校対策なるものが

「家庭訪問などで担任との繋がりを保つ」

「保健室登校や別室登校を促す」

「スクールカウンセラーと面接する」

そして

「適応指導教室を紹介する」という
“学校復帰コース”しかなかったのも
「既成概念」「固定観念」の
"岩盤”があるからではないでしょうか?

あ、僕はこれら古くからある不登校対策を
全否定するわけじゃないんですよ?

なぜなら、
結果的にそういう支援によって
より良い生き方ができた子もいるはずだから。

でも、
学校という「足かせ」から抜け出せた時に、
自分らしい生き方や
本当の意味での幸福感を得られた子も
たくさんいます。

不登校という選択肢を選んだ自分は
他の多くの子たちのように
無意志で流されで生きているのではなく
自分の生き方を主体的に選んでいるんだという
確固たる誇りを持って
人生を満喫している人もいるのです。

「学校復帰」=素晴らしいこと
と単純に考えるのは間違いであり、
「学校によって人生を狂わされた」人は
数えきれないほどいるという
現実から目を逸らしてはいけない
ということなんです。

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

浜松では今年度の予算で

「不登校に陥らないための未然防止や、
不登校状態になった児童生徒の教室復帰と
社会的自立を目指した初期対応、
自立支援を行う。」

として、

「校内適応指導教室を45教室に増やす。」

「校外適応指導教室を10教室に増やす。」
(もちろん教育委員会と近しい団体が運営)
などと大きな予算をつけてPRしています。

正直、笑ってしまいました^_^

結局のところ「適応指導教室」であって
そもそもの方針も何も変わっていない。

運営している人たちも、上の人たちは
ガチガチの「先生!」って人たち。

先生方が深い知見を得れば、
少しは変わるはずなのに、
うちらのような現場の声も聞かず
“身内”のお偉いさんだけで

チョコチョコやってもね~
だから

「もっと現場の先生方に
不登校や発達障がいについて知ってもらい
学んでいただかないといけませんよね。」

「僕を呼んでもらえるなら、
いつでもただで講演しに行きますよ 笑」

こう提案しておきました(^^)

浜松ではどうかな~?? 笑

正直期待はしていませんが、
うちらは自分たちが
子どもたちのためにすべきことに
粛々と取り組んで行くのみです(^^♪
まだまだ発言は続きます^_^
次で終わるかなぁ


  


Posted by さっさ at 11:20Comments(0)

2023年08月11日

教育が変わるかもしれない第一歩 ③

民間施設からの発言

リベラヒューマンサポートの三好さんの最初の一言。

「みなさん、子どもたちのフリースクールへの出席が
学校への出席にカウントできるということが、
とても素晴らしいことのように仰っていましたが、
子どもたちにとっては
恩恵を被るようなこと何もないんですよね」と。

その通りなんです!!

「フリースクールへ通えば学校への出席扱いになる」

というのがとても素晴らしい配慮のように言われたり、
以前は、学校の先生の中にも
うちらに対して「出席扱いにしてあげるよ」みたいな
偉そうな態度を示す先生もいましたが、
出席日数って、たいしたことではないんです。

なぜなら、実際の内申書には、
例えば
『出席日数0(フリースクールへの登校60日)』
のように、学校は欠席しているという記載になります。

つまり「不登校」であることに変わりはなく、
学校は欠席という記載が必ずあるのです。

さらに高校進学の際、高校側は事前に
その子が不登校生であるという情報を持っているし
それを承知の上で受け入れることを前提として
内申書を見るわけですから、
出席日数とかフリースクールに通って出席扱いとかって
合否に関係するようなほどのことではないのです。

高校側が評価するのは、
これから高校に入学してから続けていけるのか?

というところなのです。

中学の先生の中には
「高校進学するなら、出席日数を増やさないと!」
とプレッシャーをかける人もいまだにいます。
学校がしんどくて不登校になっているのに
そんなプレッシャーをかけられても
本人は苦しいだけです。

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

「保健室登校」とか「別室登校」によって
出席日数を増やすよう指導される子もたくさんいます。

もちろん中には、
教室での生活に戻ってゆく子もいるかもしれません。

しかし正直、無理して学校に行き
誰もいない保健室や別室に通うことに
どれほどの意味があるのか
疑問を抱いている子や保護者も少なくありません。

しかも学校への登校や遠足や修学旅行などに関して
先生方が「親と同伴」を求めるケースなど
さらに意味不明です。

先生方が、子どもたちや保護者の皆さんに
どういうビジョンを持ってそうさせているのか、
全く意味が分かりません。

求めているものは、
「不登校生徒数を減らす」という形なのか?
「学校で不登校対策をした」という“実績”なのか?

大切なことは、
出席扱いや出席日数などという数や形ではなく、
子どもたちの一日一日が
本人たちにとっていかに意味のあるものとなるか?
ですよね。。。

出席していた学校関係者からは
「出席日数にこだわるのはむしろ保護者かも」
という意見も 笑

いやいや、先生方も保護者に
そういう意識を持たせていますよ! 笑

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

また、三好さんは

「『教育機会確保法』には、
学校の先生は不登校生やその保護者に対して
学校以外の育ちの場を積極的に紹介しなさいと
書かれているけれど、うちに来る子たちの中で
学校から紹介されたという子は一人もいません。」と

そうそう。
うちも今までの20年で、
「学校から紹介されて来ました」なんていう子
ほとんどいませんでした。

中学校の先生をやっていた僕の同級生が
クラスの子を紹介して連れてきたくらいかな?

フリースクールにたどり着くのは
自分たちで探して
医者に紹介されて
福祉関係者に紹介されて
僕の教え子とか、スクール関係者に紹介されて
それくらいです。

おそらくリベラさんも同じだと思いますが、

積極的に宣伝をしたり、募集をしたりってことを
以前からずっとしてきていません。

子どもたちが多くなりすぎて
対応できなくなってしまうのを避けたいからです。

とは言え、
不登校を経験したのちすでに成人し
現在でも精神疾患や生きづらさを抱えている
外部の方たちから

「もっと若い不登校だった学生の頃に
ドリーム・フィールドを知っていたらよかった」

という言葉を聞くと、
何とも言えない気持ちになります。
教育支援センターの方は

「うちは学校の紹介でたくさんの子たちが来ます」

と発言していらっしゃったけれど、
そりゃそうです。身内なのですから。

前述したように浜松でも
某医療機関による別名称のNPOが
「適応指導教室」の運営を市から受託し
「校外まなびの教室」という名称に変え
市内各所で、それぞれ何とか教室という名で
開設、運営しています。

とは言え、
「学校に適応できるように指導する教室」
という本質には変わりないし、
退職した学校の先生の再就職先でもあり、
「社会的自立や学校復帰を目指していくことを目標」
と掲げていることからもわかるように、
浜松市が委託したいわば小中学校の身内です。

ですから、教育支援センターと同じように
学校の先生は
身内の紹介だけはしやすいのです。

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

「学校外の場所を紹介するのは
保護者や子どもたちが
排除された印象を受けないか心配になる」
と仰る出席者もいました。

確かに、保護者や子どもたちの中には
そう捉えてしまう方もいらっしゃるかも。

でもこの点についても後で僕から指摘しました。

「そもそもなぜそういう印象を持つのか
考えてみてください。」

「私たち教育関係者を含めた多くの人たちに
『学校ありきであり、学校が主である』
という意識があるからではないでしょうか?」

以前からしばしば感じてきたことですが、
学校の先生方の多くに
「フリースクールは
学校に来られない子の受け皿」
そして時には
「学校の下請け」
と捉えているかのような先生もいました。

わたしたちは以前から
「学校復帰を目指す」とか
「学校に戻ってはいけない」
なんて考えたことはありません。

もちろん
スクールに通って元気になった子が
再び学校に行きたいと言い出せば
「また傷つかないか心配」と考えますし
実際にまたスクールに戻る子がほとんどですが、
子どもたちの選択を妨げたりはしません。
なぜなら、

「フリースクールも学校も対等なもの」

「どちらも同じように子どもたちの選択肢」

そう考えているからです。

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

学校は、同じ年齢の子が横並びに揃っている環境。
社会は、異年齢の人たちが縦横繋がっている環境。

だから
「学校に行けなかったら社会にも出られない」
なんて考える人少なくありませんが、
実は、学校って社会とは全く違った
特殊な環境なんですよね。

自分もそうでしたが、学校の先生って
小中高そして大学、さらに学校に勤め始めて
ずーっと学校と言う環境の中で
生きてきている人たちなんです。
だから、学校が誰にとっても素晴らしい場所だと
勘違いしてしまう先生が多いんですよね。

大人たちの多くもそう。

時には親も、そう信じ込んで、
学校に行くのが辛い子どもたちを追い込んでしまう。

このように人生の中で埋め込まれた
「学校ありき」の意識があるから、
「学校に行くのが当たり前」
「学校に行かなければダメ」
「学校に行けない子はかわいそう」
「フリースクールは学校に行けない子のため」
といった固定観念を持ってしまうんです。。。

「学校以外の場所を紹介するのは憚られる」
という気持ちの根底にあるのも同じ。

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

だからこそ、
大人たちも先生も保護者も子どもたちも
今回のこの事業によって、

「子どもたちにとって大切な育ちの場は
学校だけではない。」

「子どもたちにとって大切な育ちの場所は
学校以外にもたくさんある。」

といった価値観へと
アップデートできることを目指さなければ。
それが「教育機会確保法」の精神なのですから。

あ~ 終わらなかった 笑
続きます!!


  


Posted by さっさ at 11:13Comments(0)

2023年08月11日

教育が変わるかもしれない第一歩 ②

協議会の委員は、
常葉大学准教授太田正義さん
三島でフリースクールや福祉事業所を運営する
NPO「リベラヒューマンサポート」
理事長三好徹史さん
そして自分。

静岡子ども若者相談支援センター指導主事
沼津市、静岡市、浜松市の教育委員会代表
島田市立第一中学校校長そして事務局の皆さん。
以上、学識経験者と民間施設代表2人、
そして学校教育関係者5人という内訳です。

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

通例通り県教委委員長の挨拶から
協議会は始まりました。

「近年、不登校生徒数が増加の一途をたどっており
静岡県でも大きな問題となっている」

「県議会では議員らによる質問12件のうち
なんと4件が不登校に関する質問だった」

「保護者らに対するアンケートで56%もの人が
『不登校対策は登校を第一目標とするべきではない』
と答えていた」

「外国籍の子どもたちが教育を受けられていない
『不就学』の問題もともに考えてゆきたい」

「この事業はこれまでの県教委の範疇を越えた
チャレンジングなものとなるはず」

「私も挨拶だけでなく最後まで参加させていただく」

などと気合十分です。
“偉そう”な感じもなく、好印象(^^♪

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

そして次は事務局から
自身が小学校教員として
不登校生と向き合ってきた経験を語りながら

「卒業式と別の日に
その子のために別室で卒業証書を読み上げた時、
別室登校を続けさせて卒業証書も別室で渡したという
自分のこれまでの対応は、
果たしてベストだったのだろうか?
もっと他にできることがあったのではないだろうか?
という自問自答を
今回の事業に生かしてゆきたい」

と連携推進事業の概略説明と挨拶がありました。

自画自賛ばかりの先生が多い中、
自問自答を大切にする先生って貴重な存在です。
続いて私たち民間人が自己紹介をします。

「せっかくこうして民間施設の知見を
取り入れる機会を作ってくださったのですから、
形だけで終わることなく
『そもそも教育って何だろう?』
『不登校って良くないことなの?』
という本質的なところから議論できる場としたい」

「NO NUKES NO WAR」のTシャツを着た
普段着のおじいちゃん(笑)は
こう挨拶しました(^^♪

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

続いて各市教育委員会から現在の状況説明。

沼津市から
「民間施設との連携をしたいが、
それぞれの学習内容などについてみると
現在のところ
不登校生やその保護者に紹介できる
フリースクールが見当たらない。」などと。
司会が「質問等ございますか?」と言えば、
もちろんおじいちゃん
黙っていられません 笑

「学習って何でしょう?」
「紹介できないってどういうことでしょう?」

畳みかけるように

「子どもたち、人の育ちって、
勉強で保障されるものではないですよね。」
「むしろ勉強以外のものの中に
たくさん学びがある」

「時には子どもたちがゲームをしている中にも
学びがあることもある」

「放課後等デイの中にも『勉強1時間というだけ』
という営利的な所もあるし、
想いは強いけれど
それがなかなか子どもたちの育ちに繋げられず
運営が立ちゆかないフリースクールもあるが、
学習内容という観点から
『紹介できない』っていうのは
いかがなものか?」

この日初めて知ることになりましたが、
沼津市では以前、

「フリースクールの出席扱いなどに関しては、
学習指導要領に準拠しているかどうかを
基準として判断するように」

という通達が出されているそうです。

まったくくだらない通達。。。
20年先生をやった僕が言うのもなんだけど、
学校での勉強って、
生きる上のツールの一つに過ぎません。

あればあったで便利なこともあるかもしれないが、
生きる上で学校の勉強よりも
はるかに役に立つことはごまんとありますよね。

たしかに「知っていてよかった」こともあるし、
「頭を使って考える」行為そのものも大切ですが、
「あれだけ必死に勉強したのに忘れちゃった」とか
結局何の役にも立っていないものの方が
遥かにたくさんある。

学習指導要領の内容を
「学びの場」「育ちの場」の判断基準とするのは
非常にくだらない大きな勘違いです。

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

続いて静岡市と浜松市教育委員会から。

民間施設への出席を学校への出席扱いとすること。
不登校生枠を設けていない高校への進学は難しい。
など一般的なお話をしていましたが、
僕は僕で

「浜松市って、
某精神科の病院組織が教育委員会に入って
『適応指導教室』の運営も一手に受け、
うちを含めた民間との連携など一切ないし、
『学校復帰』色も変わらず濃いから、
どう説明するんだろ?」
って思って心の中でニヤニヤして聞いていました(^^)

そして続いていよいよ、
私たち民間施設からの発言です~

続きます(^^♪








  


Posted by さっさ at 11:11Comments(0)

2023年08月11日

教育が変わるかもしれない第一歩 ①

昨日、静岡教育委員会による
「公的教育機関と民間施設等の連携推進事業」
第1回研究協議会が開催されました(^^♪

平成28年、
当時文科省事務次官であった前川喜平さんらが
中心となって制定施行された
「教育機会確保法」。

正式名称は
「義務教育の段階における普通教育に相当する
教育の機会の確保等に関する法律」
これはざっくりと言えば、
「子どもたちの育ち、教育の場を
学校以外にも積極的に認め確保してゆこう」
という法律です。

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

前川喜平さんと言えば、
かつて安倍元総理が深く関わっていた
「森友・加計」2つの問題に関して国会で証言し、
その結果、
政権や自民党、および政権を支持する人々から
激しいバッシングを受けることで
有名となった人物。

ご存知の方はたくさんいらっしゃると思いますが、
森友問題とは
安倍元総理が所属する日本会議とも関係があり
安倍元総理と同じく
戦前日本の「国家を重んじる社会」を目指している
籠池泰典氏が
開校を目指していた森友学園小学校への
国有地売却に関して、
安倍総理を始めとする政権関係者や官僚が
特別な便宜を図っていたという問題です。

加計問題とは
安倍元総理や萩生田議員とも親しく
日本会議とも関係のある加計孝太郎氏が、
愛媛県に大学を開設しようとしていた際に
特に大学開設認可に関して
特別な便宜を図って協力していた問題です。

これら2つの問題は文科省が関連するものであるし
文科省のトップであった前川さんが
不自然で不審な動きに気づくのは当然であり
当たり前のこととして証言したわけです。

この時、安倍元総理寄りの記者が報じたのは
「前川氏が出会い系バーに出入りしている」
というものでした。

それを見聞きした多くの人が
前川さんを一斉にバッシングして、
前川さんによる「森友加計問題」証言が
いかにも信ぴょう性がないかのように
騒いだのでした。

しかし、
前川さんは以前から不登校に限らず
夜間中学や貧困の問題に取り組んでいました。

その実情を知るため廻った先のひとつが
「出会い系バー」だったのです。

そして、そこに勤めていた子が
銀行に勤められるように支援したりして、
その母親も前川さんへの感謝の気持ちを
その後他の記者による取材で明かしています。

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

話は逸れましたが、
その前川さんが中心となって
何年かかけて制定そして施行された
「教育機会確保法」には
以下のように書かれています。

国及び地方公共団体は、不登校児童生徒が
学校以外の場において行う
多様で適切な学習活動の重要性に鑑み、
個々の不登校児童生徒の休養の必要性を踏まえ、
当該不登校児童生徒の状況に応じた
学習活動が行われることとなるよう、
当該不登校児童生徒及びその保護者に対する
必要な情報の提供、助言
その他の支援を行うために必要な措置を
講ずるものとする。

教育機会の確保等が専門的知識に基づき
適切に行われるよう、
学校の教職員
その他の教育機会の確保等に携わる者の養成
及び
研修の充実を通じたこれらの者の資質の向上、
教育機会の確保等に係る体制等の充実のための
学校の教職員の配置、
心理、福祉等に関する
専門的知識を有する者であって
教育相談に応じるものの確保
その他の必要な措置を講ずるよう努めるものとする。

つまり、
学校の先生は
不登校生やその保護者に
「学校以外にも、
こういう場所やこういう場所もあります」
と積極的に紹介しなければなりません。

ところが実際には、不登校生に
・保健室や別室登校を提案
・「適応指導教室」の紹介
・登校刺激をせず様子を見守る
・家庭訪問
くらいしか行われていないのが実情です。

そして現場の先生方にも不登校や、
不登校とも深く関わっている
発達障がいに関する知識が
とても不足しており、
その知識不足による誤った指導や
子どもや親へのミスリードが後を絶ちません。

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

今年度県教委が始めた
「公的教育機関と民間施設等の連携推進事業」は、
現在不登校生徒数は年々増加する一方なのに
学校教育の現場では以前と状況が変わらないことに
業を煮やして、
各市町村教育委員会を後押しするように
始めたんだろうなと認識しています。

そして僕は
この教育連携推進研究協議会委員として
招かれたのですが、
この僕を委員として選ぶのですから、
それだけで画期的と言わざるをえません 笑

いやむしろ、
僕を選ぶくらいに
「本気」なんだと思います(^_-)-☆

でももちろん、忖度や遠慮は一切なし!
バンバンと辛口の意見を
好き放題言わせてもらいました(^^♪

内容については後ほど~


  


Posted by さっさ at 10:39Comments(0)

2023年04月07日

牛歩の如くゴールに向かって

支援してくださった皆さま
心から応援してくださっている皆さま
先日お伝えさせていただいたように、
予定よりも相当遅れてしまっており
本当に申し訳ありません!!

改めて会計報告はさせていただきますが、
現時点での
工房移転に関わるざっくりとした収支について
お知らせさせていただきます。

【収入】 

クラウドファンディング
(CAMPFIREからの入金) ¥2,021,118
直接の寄付金 ¥523,000

【支出】~細々としたものを除く

敷金・礼金等 ¥517,320
内装工事費(電気工事、配管等すべて含む) ¥3,257,100
厨機移設費・排気フード製作費 ¥434,500
外装看板製作費(工事中) ¥1,007,600

まだ完成には至っておりませんが、
4月15日(土)から、
いもねこ全店において
「いもねこタウンOPENセール」を始めます。

”タウン”なんていっても
ほんとうに小さな”街”ですが、
ほんとうに少しずつで良いので、
ここから私たちの想いが広がっていくことを
心から願っています。

なお、リターン品につきましては
少しづつお送りさせていきますので、
今しばらくお待ちください!!

今後ともどうかよろしくお願い申し上げます!







  


Posted by さっさ at 11:38Comments(0)

2023年03月02日

【みなさんの応援メッセージ】

みんなで共有させていただきます!
”身の引き締まる想い”とはこういうことですね。
ありがとうございます!!
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

微力ながら応援しています。子どもたちの支援に繋げてください!

クッキー、前にいただいて美味しかったです。応援しています!頑張ってください!

いもねこさんのお菓子、大好きです。
素敵ないもねこタウンになりますように!
応援しております。

考え方も、お店の商品も大好きです。応援しています!頑張ってください!

自然にも動物にも人にも優しい世界が早く訪れることを願います
生き辛い世情ですが皆で頑張りましょう

大山さんの貴重な活動が身を結びますように。応援しています!

少しですが応援させてください‼︎
いもねこ大好きです‼︎

いもねこのお菓子好きです。お店にも行きますね。

いもねこさんのクッキーやクレープはとても美味しく、
浜松へ出掛けた時はなるべく ショップへ立ち寄るようにしています。
少し前ですが大山さんとお会いしお話が出来て嬉しかったです。
微力ながらではありますが、支援させていただきます。

いもねこさんのクッキーを贈り物でお渡しするといつも大変喜ばれるので、
いもねこさんにお願いしてよかったなぁといつも思います。
いもねこタウンに伺える日をたのしみにしています。

いもねこさんにはお世話になりました。応援しています!頑張ってください!



以前、工房でお世話になっていた者です
工房が新しくなるんですね。完成が楽しみです。またお邪魔させていただきます
これからも応援しています。頑張ってください!

いつも美味しい料理とお菓子をありがとうございます。
いもねこがずっと続くように応援しています!頑張ってください!

いもねこタウンから平和をつくろう!

わたしも不登校の経験者です。今はこういった学びの場があっていいですね。
わたしの時代にはほとんどありませんでした。応援してます!

キュートなクッキーに惹かれてしまいましなた。みんながしあわせになれるために一歩になりますように。

いつもありがとうございます!
応援しています!頑張ってください!

ようやく来れました!応援しています
みんながほっこり安心して楽しめるタウンになりますように!

いもねこタウン楽しみにしてます。応援しています!頑張ってください!

いもねこのクッキー大好きです。
ドリームフィールドが長く続くことを願っています。
頑張って下さい。

私たちも未来のために頑張っています。それぞれの場所で頑張りましょう♪応援しています!


Nさんから聞きました。頑張ってください!

私も身体に障害をもってしまい、こういう場所ができるのはうれしいかぎりです。
未来の子供達の為に頑張ってください。
わずかですが応援させていただきます。
従兄弟のTNくんより支援のお願いがあり、応援します!頑張ってください!

N君から紹介を受けました。
素晴らしいお仕事をされています。これからも頑張って続けて下さい。

成功すること祈ります!皆さんの頑張っている姿が励みになります。

僅かでございますが、少しでもお力になれればと想いました。頑張ってください。

コロナが落ち着いたらぜひお店に伺いたいです!応援しています!

どえりゃあ応援しています!頑張ってちょう!
もう陸前高田での失態は忘れてちょう…

みんなが安心して生き生きと楽しく集い、また働ける場所を
これからも続けて行けるよう応援しています!!

応援しています!頑張ってください!
食べると幸せな気分になるので,いもねこクッキーは大好きです

とても素敵なプロジェクトだと思いました!応援しています☺︎
微力ですが、力になれば嬉しいです。
応援しています!頑張ってください!美味しそうで可愛くて。

毎日の様に前を通ります。
今度子供とお菓子買いに行きますね

続くよう応援してます。
いもねこクッキー大好きです!!

いもねこクッキーが大好きです♡応援しています!


いつもおいしくて唯一無二のバースデーケーキをありがとうございます。
私自身が保健室登校、摂食障害の経験があり、
ドリームフィールドさんが浜松にあってくれて、とても嬉しく心強く思っています。
寄付で少しでも役にたてればと思いました。
いもねこタウンの構想、ワクワクします。
応援しています!

本当に微力で申し訳ありません。活動が広がることを願っています。
応援しています!頑張ってください!
今度遊びにいきます。
いもねこは自分にとって本当に大切な場所です(〃'▽'〃)

応援しています!頑張ってください!みんなの働く場所を守ってください。お体に気をつけて。

わずかですが応援させていただきます!頑張ってください!

応援しています!頑張ってください!
ドリームフィールドが無かったら今頃どうなっていたか……。
本当に感謝しかありません。

ドリームフィールドにはとても助けられています。これからも頑張って下さい。

微力ですが、応援しています。
目標金額にとどきますように!

皆さんの居場所、働き場所として、何としても存続できますように。


心ばかりの支援をさせていただきます。
大変な中ですが、がんばってください。応援しています。

必要とする子たちのために、安心して過ごせる場であり続けて欲しいと願っています。
応援しています!子供たちのため頑張ってください!

バリアフリーな社会を作ってゆくための大切な場所、素敵ですね。「いもねこタウン」応援しています!

「互いを支え合う社会」という考え方。とても素晴らしいと思いました。
そういった社会が実現していけば、どんな苦労があっても、
支え合って助け合って生きてゆけるのではないでしょうか。
何か大変なことがあると、
「神様、助けてください。」と神にすがりたくなってしまうこともありますが、
わたしは、神(というものが存在するとして)は、
「人間同士助け合って解決していきなさい。できますよ。」
とおっしゃっておられるように感じるのです。
今後も、「いもねこ」さん「ドリームフィールド」さんを応援していきます。がんばってください。

私は、いもねこカフェの方に行ったことがあって、ぜひ、支援したいと思って支援しました。
また、カフェの方にも行きます。

微力ではありますが いもねこさんが大好きなので支援しました。
またお店の方へもお邪魔しますね!


Nくんは、私からみて従兄弟にあたります。
学生時代の仲間で音楽談義に花を咲かせた奴が会社を始めたので
支援して欲しいと連絡があって、僅かではありますが支援させて頂きました。
クッキー好きな、孫に食べてもらって、気に入ればまたお願い致します。
コロナ禍の中で、大変でしょうが、頑張ってください。

弊社では障がい者雇用を積極的に行っています。
色んな方々にスポットライトの当たる世の中になればいいなと思います。
応援しています。

私は、TKさんが働いている「たい焼き甘味処おめでたい」の店長をしております。
また、同じく支援させていただいた「N」は、店のオーナーです。

この活動がいかに価値があるか、クッキーがいかに美味しいかお聞きして、
クラウドファンディングの内容を読んでぜひ実現していただきたいと思い、
ご支援させていただきました。

最後まで頑張ってください。応援しています。

いもねこクッキーが大好きです。
いもねこクッキーを広めたくて、プレゼントはいもねこクッキーにしています。

応援しています!いもねこクッキー見つけたらいつも買わせていただき美味しくいただいてます。
子どもたちも大好きです。

  


Posted by さっさ at 12:36Comments(0)

2023年03月01日

【クラウドファンディング終了の御礼】

おかげさまで、昨日、無事クラウドファンディングが終わりました!

寄せられた金額は、¥2,486,000。
運営サイトへの手数料(¥422,620)と消費税(¥42,262)を差し引いても
¥2,021,118
さらに直接のご支援¥423,000を加えれば
合計 ¥2,444,118もの額になります。
ありがたく有効に使わせていただきます!!

そしてさらに嬉しかったのは、皆さまからの励ましのメッセージです。
いもねこのみんな、ドリーム・フィールドのみんなにとっても
背中を押していただいていることをとても心強く実感することでしょう。

しかし!!
移転はいろいろな面で遅れてしまっています。

工事そのものよりも、手続き関係が一番大変でした。
福祉課への移転、新設届はもちろん、
各方面への手続き、特に建築行政課、消防署などへの図面関係、申請書類などの
不備、差し戻しやチェック待ちなどによって遅々として進まず、
やっと出口が見えてきたところです。
もちろん工事は少しずつ進めていますが、
当初よりも全体として1ヶ月ほど遅れてしまっています。

したがって、オープンは4月上旬、
リターン品の発送は順次ということになってしまいます。
本当に申し訳ありません!!

しかも160人以上という、
想定以上にたくさん集まった支援者の皆さんへの返礼品の数に
工房のみんなも嬉しい悲鳴を上げています(*^-^*)
早い方でも4月上旬、
遅い方で5月くらいになってしまうかもしれません。
でも、踏み倒すことはありませんので(笑)
どうか気長にお待ちください!!!

そして、いもねこタウンは必ず完成させます~!!(*'ω'*)

オープンに伴う動きは、また追ってご案内させていただきます。
また、工事終了後
3月31日のクラウドファンディング総額の振り込み後の
各方面への支払い終了後には
会計報告もさせていただきますので、
今しばらくお待ちください!!

本当にありがとうございました!!


そして、いもねこタウン心待ちになさっていてください~!!

  


Posted by さっさ at 15:12Comments(0)

2023年01月07日

ご協力いただけると嬉しいです!!



昨日からクラウドファンディングを始めました。
その理由と内容をお読みいただけるとありがたいです!!

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

スクール開校から18年間、いもねこ開店から13年間、
たくさんの方に支えられながらたくさんの子どもたちは成長し、
たくさんの人が癒されて歩みを続けてきました。
もちろん、全員が完璧に成長できたというわけではありませんが、
大学に進学した子
大学卒業後、福祉事業所で支援員として働いている子
バスの運転手になった子
映像編集会社で働いている子
主婦になって子育てをしている子などなど、
それぞれにいろんな道を歩んで自立している子たちがいます。

現在スクールで働いているスクールで育ったみんなは
巷の「精神保健福祉士」「カウンセラー」「心理士」よりも
ずっと的確に子どもたちを理解しサポートする力量を持っています。
また、事務的な仕事や給与計算という地味な仕事をしているみんなも、
それぞれの能力を発揮してみんなを支えてくれています。

ところがここ数年、
私たちを取り囲む環境は年々厳しくなってきて
運営そのものが難しくなってきています。

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

その要因の一つはやはりコロナです。

一昨年来、カフェやショップへのお客様は激減しました。
コロナが始まった一昨年は
持続化給付金で何とか持ちこたえたものの、
昨年、今年と売り上げは下がり続けています。
一日の売り上げが1万円にも満たないことも少なくなく、
売り上げ2千円なんて言うこともありました。

その一方で
就労支援事業所いもねこで働きたいと
集まってくれる人たちは後を絶たず、
そういうみんなが働く場所を増やす必要に迫られ
一昨年11月には南区に「ちびねこ」を出店しました。

子どもたちが集まれる場所をと考えた
駄菓子をメインの一つとしたお店なので、
高い売り上げを見込めるはずはありません。

でも子どもたちがたくさん来てくれて、
利用者のみんなも目が回るように忙しい時間もある中で
働き甲斐を感じて、どんどん自信を取り戻し
長時間でも働けるようになっていきます。

それ自体とてもうれしいことですが、
スクールで育った子たちも就労支援を利用するようになり、
サポートするスタッフも多く必要になってゆき、
そうなれば当然人件費は膨れ上がっています。

また「就労継続支援A型」には
「収益で利用者の賃金を賄いなさい」という目標設定があり、
それを満たさない場合は補助金が減らされてしまいます。
利用者のみんなへのサポートを手厚くしても、
売り上げが減れば補助金が減らされることにも繋がり、
相乗的に運営が厳しくなっていってしまうのです。

本当に意味不明で冷酷な制度設計です。

そしてさらに追い打ちをかけるように物価の高騰。
いもねこでつくっているクッキー、ケーキ、お食事などの
原材料や食材はできる限り添加物を避けているため、
どうしても原価率が高くなります。

でも、円高で物価が上がっているからといって、
粗悪な原材料にしてコストを下げることは
できるだけ避けたい。

でも、原材料の質を維持するならば
値上げをせざるを得なくなりますが、
そうすると裕福な方を対象とした
高級志向の店になってしまい、
私たち自身がそうであるように裕福でない庶民はもちろん
生活にも困窮している方たちは
さらに近寄りがたくなってしまうでしょう。

そしてもちろんお客さんはさらに減るでしょうし、

そうなれば働くみんなのモチベーションも下がり
自信も失っていってしまいます。

こうして考えてゆけば、
利益率を下げてでもお客さんに来てもらえる努力をするしか
選択肢はないのです。

大企業が、営利を求めるために物も人も大量消費し
裕福ではない消費者を切り捨ててしまうのに対し
私たち自身も社会的に立場の弱い側にいて
いもねこもその視点を大切にしているがゆえに
こうした厳しい現実に直面しているとも言えます。

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

さらに、工房がこれまでお借りしていた建物はとても古く
福祉施設としての耐震基準を満たしていないことがわかり
移転先を探さなければなりませんでした。

いろいろな場所が候補にあがりましたが、
10月、いもねこショップがある建物の並びの数区画が空き、
管理者であるマックスバリュと賃貸交渉に入りました。

その結果、
1月から内部の改装工事を始め、2月中には完成。
遅くとも3月にはこの場所で開業できる予定となりました。
そのためには300万以上もの移転経費が掛かってしまいます。

でも、前向きに考えています。
前に進むしかないからです。

そしてせっかくここに移転するのなら、
このエリアを”いもねこ”色に染めたいと考えました。
決して大きな建物ではありませんが
いもねこショップの並びにあるので、
クッキーやケーキの直売もできます。

これまでの工房の場所とも遠く離れてはいないので、
働いてくれているみんなにとっても
移転のストレスは少なくて済むでしょう。

普段いもねこショップには
近所の子どもたちが遊びに来ますが、
子どもたちが優しい気持ちになれるような
エリアにしたいと願っています。

いもねこのつくりあげてきたゆるく優しい雰囲気に満ちた
「いもねこタウン」にしてゆきたいのです。

そしてこの場所から、
バリアフリーで優しい社会へと変えてゆきたい、
いもねこの想いを少しでも現実のものにしてゆきたいのです。

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

コロナが始まってからずっと
「経済を止めてしまったら
どんどん生きづらい世の中になってしまう」
「みんなが保身だけを考えため込んでしまったら
社会全体が悪くなってしまう」
と考えてきました。

また一般的に考えると、
不況になったり運営が厳しくなったりしたとき
企業が最初にやることは、人件費のカットです。

でもそれは避けなければいけない。

自信を取り戻しながら日々地道にまじめに働いてくれて
精一杯暮らしているみんなの生活を守ることが
私たちの“役割”だからです。

スタッフも必死に頑張ってくれています。
たくさんの人たちが私たちを支えてくれています。

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

そこでお願いです。
もちろんこのクラウドファンディングに
協力していただければ嬉しいことですが、
このご時世ですから決して無理はせず、
SNSやメール、口コミなどどんな形でもよいので
お友達や知り合いの方へぜひ広げていただきたいのです。

小さなことだけでも、とてもありがたいのです。

もしも支援が集まれば、
工房はとても忙しくなるかもしれません。
働いているみんなもスタッフも大変になるかもしれません。
そしてリターンの発送が
4月、5月にずれ込むかもしれません。

でもそれがまたみんなの働きがいや自信へと
繋がってくれるものと信じます。

私たちも潰されないように闘ってゆきます。

どうかよろしくお願い申し上げます。


  


Posted by さっさ at 23:01Comments(0)

2021年10月12日

WON'T GET FOOLED AGAIN

僕が初めて選挙に行ったのは20歳の頃。
John Lennonって書いた。

それから30代後半まで選挙にも行かなかった。

「誰が政治家になっても同じ」
「俺ひとり投票しても世の中変わらない」
そんな言い訳をしながら。

政党間の争いやマウンティング
派閥の争い
金絡みのスキャンダルなど
自民党政治の醜い面ばかりが見えていた。

ただ、
当時の自民党内は
派閥争いが醜く熾烈であった反面
「多様性」があった。
リベラルな議員や憲法9条を大切にする議員
護憲派の議員、国民目線の議員もいて、
いろいろありながらも、
極端な方向へは向かわなかった。

それが
小泉政権あたりの国民の熱狂ぶりに
ポピュリズムに向かう恐ろしさを感じ
やっと選挙に行くようになった。

民主党政権になった当時は、
民主党にも批判的に見ていたが、
今にして思えば
既得権益にメスを入れて
市民や弱者に目を向けた政策は、
もっと評価されるべきだったなぁと思う。

しかし、野田が総理になってからは
ガラリと雰囲気が変わってしまった。
「民主党は終わったな」と思った。

それにしても
野党となった自民党は最低だった。
震災後、急を要するような
人の命がかかった法案でも
自民党議員は何でもかんでも反対し、
国会で飛ばすヤジや罵声は
今の野党のヤジとは比べ物にならない程
口汚く醜かった。

再び自公政権に代わり
特に安倍政権になってからは
以前に増してさらに醜くなった。

・きれいごとを並べて平気で嘘をつく。

・票集めできる大企業や友達企業を優遇し
 消費税増税、年金や生保切り下げ。

・権力を傘に力ずくで反対意見を抑え込む。

・ネット戦略を駆使し野党をバッシングする。

・多くの自民党議員が
 極右団体日本会議に所属し、
 戦前の軍国主義国家を理想として
 改憲を声高に主張し、
 差別やヘイトを助長する。

・アメリカの言いなりになって、
 アメリカが起こす戦争に
 日本も参加できるように法改正。

・コロナ対策は後手後手で、
 しかも政権の取り巻き連中ばかりが
 儲かるような仕組みに。

・保身と友達企業の利害のために
 弱者の権利や声を平気で踏みにじる。

などなど、あまりにも酷すぎる。

「子どもたちにこんな社会を
 遺していいのだろうか」
そういう想いが歳を重ねるごとに強くなった。

フリースクールを始めた頃から
鈴木めぐみさんに出会い、
地域の人々、特に女性や弱者の側に立って
精力的に活動する地方議員の大切さを
身をもって感じるようになった。

リーマンショック後に
スクールの子らと始めた炊き出しの時に
家を失った失業者の皆さんを
身を粉にして支える活動をしている
落合勝二さんが、
のちに共産党の市議会議員だと知り、
共産党は
決してブレることなく
弱者の側に立ち続ける党なんだと
実感できた。

震災後、原発のシンポジウムを開こうと
当時まだ俳優だった #山本太郎 さんと
湖西のカフェで待ち合わせをして
初めてお会いした。
太郎さんは
その日怪我した足を引きずりながら
病院から来てくださった。
チェルノブイリに何度も足を運んだ経験と
深く専門的な知識とともに
反原発の想いを熱く語ってくれた
その姿に深く感動した。
後に、自身の信念を貫くために
俳優という職を捨てて政治家となった
山本太郎さんを見て、
選挙で政治家を選ぶということは
「人」として選ぶということだと
信じるようになった。

#福島みずほ さん
#近藤昭一 さん
#もとむら伸子 さんなど
信頼できる人であり政治家の皆さんに
出会うこともできた。

日本の政治には全く無知で
長い間選挙にも行かなかった
愚かな僕だけれど、
今はもう少し政治を信じたいと思っている。

今は子どもたちの未来にとって
崖っぷちの時代。

決して若いみんなに対して
見本などにはならない僕だけれど、
少しでも多くの人に
選挙に行ってほしいと願っている。


  


Posted by さっさ at 10:22Comments(0)

2020年10月19日

【子ども育ちレスキューネットシンポジウム報告】 ④

パネルディスカッション 後半
「子ども・若者、保護者の味方!地域支援を繋ぐために」

1.会場からの質問への回答
「自立とは?どう生きていけばいいのか?幸せなのか?」
内山
何が自立なのかは難しい。
自立=幸せか?人が押し付けるものではない。
対話しながら、子どもが身に着けていくもの。
多様性のある生き方について、議論が必要ではないか。
学芸会など、主人公をやりたい人ばかりではない。
やりたい役、やりたいことを
幼児期から選択できることが大切。

池田
「学校にいる間は『みんな同じにしなさい』だったのが
社会に出るとなったら『個性を生かす』と言われても困る」
と若者が声を出してくれた。
選択ができること、一人でなく、
頼れる人と繋がることが大切。

2.会場の参加者へメッセージ
内山
その人にとって大切なものは何か?
自分がその人の人生に入るべきではなく、
その人の人生の選択を支援すればいいと思っている。
「子どもが働かなくて心配」と思っていても、
何も動いていない人はいない。考えて準備をしている。

池田
若者たちと出会えたことはいいタイミングだった。
考える時間、余裕がある人が、訪れている。
本人、支援者が頑張ればいいのではなく、
気持ちの共有、一緒に頑張ることが大切。

大山
教育とは「覚醒」。
教育者や周りの大人ができることは
自分で気付くチャンスや、学ぶきっかけをつくること。
また、支援をするためにはまず相手の心を推察すること。
そしてそれだけでなく、
向き合うこと、対話することが大切。

3.参加者の感想
・日々、悩みや不安がある子育てをしていますが、
焦らなくてもいいと思えるようになりました。
ありがとうございました。

・こどもの自立に向けて、これからは
成功体験を少しでも多くさせていきたい。
親も子どもも支援の窓口とつながっておこうと思いました。
内山先生、池田先生、大山先生、
それぞれの見解がきけて良かったです。

・講演やディスカッションの中で、
課題とされていることが
学校現場の現状に重なるものが多い勉強になった。

・内山先生のお話も、池田さんのお話も、
わかりやすくきかせていただきました。
私は息子が不登校でドリームフィールドにお世話になり、
受け入れて通わせていただくことができ安心しています。

・池田さんの活動の話は、聞きやすかったです。
身近に本当は困っている人はたくさんいると思うのですが、
声を出す場がないと言えないですね。
本人を主人公に応援すること、
ゆっくり話をして希望をきくこと、
心をおだやかに満たしていくことが大事だと思いました。

・今浪人3年目の息子に困っていますが、
内山先生のお話を参考に
サポートしていけそうな気がしました。
特性を理解していきたいと思います。
ルピロさんに相談させていただいて、
とても助かっています。

・「子供は障がいの有無にかかわらず、
本音は言わないが、
大人が周囲から期待されていることをわかっている」
この言葉が心に響きました。
社会適応できない大人(成人)も
同じ気持ちを感じていると思います。
丁寧に打ち合わせしていこうと思います。

・支援センター等の存在がわかった。
具体的な相談をしてみたいと思った。
「発達障害」というキーワードが流行っていて、
それを理解しようみたいな
世間の風潮が気になる今日この頃。
結局それで「区別」しているところもあるのでは? 
本当は、その子たちが住みやすい世界を作ることが
重要だと思いました。

・勉強になりました。まだまだ知らない団体がありますね。

・就労に向けての親の心の準備ができそうです。
卒業までに2年以上ありますが、
就労支援を使うことも視野にいれていきたいと思います。
多様性のある社会ができることを望み、
子どもたちが自分の輝ける場所を生きていけるよう、
私自身も見守り続けていきたいと思います。
どうもありがとうございました。

・内山先生の話に、非常に感銘を受けました。
子ども(発達障害ではない)が不登校になり、
その理由を探して「〇〇症」「〇〇神経症」など
診断名が欲しくて
色々調べたりしましたが、
それがただのラベル貼りで意味のないことだと
気づかされました。
今回の講演を通して「自立」とは
本人がやりたいことをやりたい場所、
できる場所でできることかなと考えました。


  


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2020年10月19日

【子ども育ちレスキューネットシンポジウム報告】 ③

パネルディスカッション 前半
「子ども・若者、保護者の味方!地域支援を繋ぐために」
(当日説明できなかった部分を含めて)

特定非営利活動法人ドリーム・フィールド代表 大山浩司
「困難に直面した子どもや保護者をミスリードする
15の情報」

① 「発達障がいの診断を受けたら『支援級』に移ればいい」
「普通級」「支援級」どちらもメリット、デメリットがある。
子どもの特性の理解は非常に重要だが
「支援級」に移って失うことも少なからずある。

家庭生活で困ることがないのに、
学校生活で先生が困るからと
すぐに「支援級」に移るのは性急。

クラスでの周囲との関係性、WISC結果の詳細、本人の意思
普通高校進学の意向と可能性など、
さまざまな条件を考え慎重に決める。

② 「支援級に入れば学力が上がる」
支援級では少人数で丁寧に勉強を見てもらえるはず。
学習内容も易しくなり範囲も限られるので、
当然良い点を取れるようになるだろう。

しかしそれはあくまでも支援級独自の評価。
普通級における評価とは違うし、
市町村によっては内申点にはならない。

中学校卒業後の目標をどこに持っていくかによって
その考え方は全く違うが、
全日制普通高校への進学を念頭に置いている場合は
「支援級としての評価」または「内申点ゼロ」ということを
見落としてはいけない。
受験をする高校側も(気付かない場合を除いて)
「支援級での評価」と「普通級での評価」を
同等に扱うことはない。

③「支援級からも普通級と同じように進学できる」
もちろん進学はできる。
しかし、前述した通り
「支援級での評価」と「普通級での評価」は別物。
そのため、支援級から全日制普通高校への進学は
一般的に非常に難しいのが現状。

支援級からの進学先は
私立・公立通信制高校、単位制高校
(通信高校と提携した)専門学校
特別支援学校高等部
などと限定されてしまう。
もちろんそれらの学校も間違った選択肢ではないし、
積極的にその道を選ぶのもOKだが、
高校の選択肢が減るであろうことは否定できない。

④ 「発達障がいがあると進学が難しい」
最近は少子化で、どこの学校も生徒集めに必死。
逆に言えば「頑張ります」と言えば
必ずどこかには入れると言っても過言ではない時代。

私立通信制高校、単位制高校は全国展開で
各地にたくさんできている。

アニメやゲーム等を学べると、
子どもたちが興味を持つものを看板に掲げ宣伝。
「今なら安く入れる」
「早くしないと定員が」などと、
不安な親や本人の焦る気持ちを利用する傾向も。

検討段階なのに学校案内に振込用紙を同封する学校、
わざわざ複数種類の制服を買わせる学校もある。

このように「不登校」「発達障がい」は
大きな“市場”となっているのだ。
逆に言えば子どもたちは「引く手あまた」なので
むしろ、焦らず慌てずこちらが選べばよい。

⑤ 「進学できれば安心」
通信高校や専門学校、普通高校に入っても
中退してしまう子はたくさんいる。
卒業後に引きこもってしまっている人も数知れずいる。

中学校側は「進学」が、高校側は「高卒単位」が
“成果”や“実績”となるのは当然のこと。

そのため、特に私立高校では
テストに合格できるように
出席日数を上手く補えるように
いろいろな方法を使って単位を取りやすくする。

もちろん「悪」というわけではないが、
大切なことを見落とすこともしばしばある。

それは、子どもの“人生”。
進学できることはマイナスではない。
高卒単位は、ないよりもあった方が便利な時もある。
しかしそれ以上に大切なのは、子ども一人ひとりが
幸福感と自己肯定感を持っていきてゆけること。
そのためには、学業よりもむしろ
ソーシャルスキルを身につけることの方が
大切であったりもするのだ。

⑥ 「いざとなれば特別支援学校高等部に入ればいい」
支援級に移って高校進学に行き詰まったとしても
療育手帳がないと特別支援学校高等部には進めない。

そのため、IQが高めの子どもでも
手帳を取得するために、IQを低く診断してもらおうと
検査前夜に子どもに徹夜させるという
必死の“努力”をするご家庭もあると聞く。

しかしそうやって入った特別支援学校高等部は
“高校”ではない。
高卒資格を取得できる学校ではなく訓練校。
それを理解した上で入学するならば何も問題ない。

⑦ 「支援級に移れば高校進学しやすい」
「目標をどこに定めるのか」
「本人の学力が伸びる可能性はどうか」
「支援級、普通級どちらが楽しく過ごせるのか」
という観点で判断すべきだろう。

単位制高校、通信制高校、専門学校を望むなら
支援級でゆっくり丁寧に教えてもらうのもOK

本人も保護者も全日制普通高校を望み
学力的に可能性があるなら、
普通級に在籍したままで
塾や家庭教師による発達の特徴を理解した
個別の適切なサポートによって
学習面を補う方が選択肢としては賢明。

しかし、
普通級で過ごすのが辛かったり、
いじめがあって先生がそれを解決できないならば、
普通級で無理せず支援級に移る方が良いかも。

とは言え深刻な問題は、
高校の先生方の発達障がいへの理解や取り組みが
非常に遅れているという現実。

そのため入試の際に
「支援級在籍の子」と
峻別されてしまう可能性も低くはない。

支援級は、
今はまだinclusionではなくseparationなのだ。

⑧ 「教師に任せれば大丈夫」
以下は自分自身が20年高校教師として勤めた間に学んだ
自分自身に対する反省でもある。

もちろん教師は誰もが志を持って教師になっている。
ですから、教師が子どものことを
良心的に考えてくれているのは当然。

しかし、残念なことに
教師は相対的に視野が狭い職業であることも確か。
なぜなら教師は、小中高大学そして教師と
幼少から「学校」の世界でしか生きていないのだ。
「井の中の蛙」となることも少なくない。

ですから、
学校の論理=正義と考えてしまうのも不思議ではない。
学校における“異様な校則”はわかりやすい例だろう。
一般社会から見れば「?」という校則であっても
学校の教師には大義名分や正当性があり、
客観的な疑問を指し挟む余地はないのだ。

さらに問題なのは、
発達障がいに対する理解もスキルも持たない教師にとって
WISCで発達障がいの診断を受けた子は「普通ではない子」。
対応が難しくて当たり前、手に負えないと
安易に考え排除してしまう傾向にあること。
支援級への移行の勧めに
「峻別」「排除」の意味合いが込めれる場合もある。

また、教師が思い込みやすい誤った思い込みとして
できたのは教師のおかげ
できないのは子どもや親のせい
というものがあります。
教師はついつい傲慢になってしまいがちなもの。

こう考えてしまう教師は、
子どもたちから学ぶことをしない。
成長できないのだ。

しかも卒業後に教師は支えてくれない。
教師のサポートは有期で一時的なものに過ぎない。

自分も教師だったので、
熱心な良い教師もたくさん知っている。
しかし
「学校の先生に任せれば大丈夫」と決めつけないで
親や家庭としての意見を
しっかりと投げかけることも大切。
「モンスターペアレンツ」
という決めつけを恐れず、
親や大人が、子どものために
教師に反対意見を述べたり、
時には闘う場面も必要。

⑨ 「診断を受けた子は特別」
誰もがみんな個性も特徴もある存在。
発達障がいの特徴は誰もが少なからず持っている。
誰もがみんな「障がい者」なのだ。

そして、眼の前にいる子どもは
診断前も後も何も変わりません。
診断名が付いても付かなくても
以前から近くにいる大切な子ども。

では診断は何のためにあるのか?
それは、その子の苦手な部分を理解するため。
生きづらさを感じることがないようにそれを補うため。
その子なりの困難の“すり抜け方”を身に付けるため。
“特別”として峻別し排除するためであってはならない。

⑩ 「不登校だと高校進学できない/入学手続は急いで」
前述した通り、今は少子化の時代。
特に単位制高校や通信制高校、専門学校などは
生徒募集に必死。
生徒が集まらずに潰れる専門学校もあるくらい。

だから、中学出席日数がゼロでも進学できる学校は
たくさんある。
そもそも、「不登校」「発達障がい」は
大きな“市場”になっているのだから。

通信高校や専門学校は全国各地に林立しており
どこも定員オーバーすることはない。

逆に生徒は奪い合いの状態なので、
生徒確保のため募集時期をどんどん早くしている。
「後で入れなくなると大変ですよ」
「今なら学費が安くなります」
などと煽って生徒を確保しようとする。

以前は「フリースクール」と銘打ったものを併設したり
最近では
放課後等デイサービス事業所を立ち上げて、
中学生のうちから生徒募集に繋げようとする
高校や専門学校もある。
いろいろな方法で生徒確保に躍起になっているのだ。
勤務した某私立高では、以前理事長が
「生徒を1人東大に入れれば我が校は5年安泰」
と先生方にハッパをかけていた。

私立学校は生き残りに必死で、
時には生徒の進学すら
学校存続のために利用することがある。

⑪ 「不登校だと放課後等デイを利用できない」
役所の人の中にも誤解する人はたくさんいる。

厚労省に確認済みですが、
「放課後”等”なので、放課後以外も利用できる」
とのこと。

そもそも
学校に行かなければ支援されないなんていう
理不尽なきまりはどこにもない。

百歩譲ってそんなきまりがあったとしても
杓子定規に考えるのではなく
利用者である子どもたちの立場に立って
隘路をつくってあげることが、
役人や支援者、大人の役割だろう。

解釈そのものも間違っているのに
「決まっているから」ということで
「学校に行けない子は放課後デイを使えません」
などと言い放つ役人がいるとしたら
public servant(公僕)公務員の資格はない。

ちなみに放課後等デイは平日の場合、
放課後からの短時間でも
午前中からの長時間でも、国の補助金は同額。
だからどこの事業所も長時間はやりたがらないのだ。
浜松市内でも、
90ヶ所以上ある放課後等デイ事業所のうち
平日午前中から開所している事業所は
うちともう1か所の2ヶ所のみ。

そのため、日中利用したい不登校生は利用できず
行き場が少ないというのが現実。

⑫ 「学校以外は出席扱いにならない」
フリースクールは15年以上前から
校長裁量によって出席扱いになっている。

一昨年施行された教育機会確保法では、
学校以外の支援施設を積極的に出席扱いとするよう
明記された。
また学校は不登校生やその保護者に、
学校以外の支援施設を積極的に紹介すべきとも
明記されている。
しかしこの法律の内容をいまだに知らない教師も
少なくない。

ちなみにスクールを始めて16年、
不登校の子が学校からフリースクールを紹介された
という例はほぼない。
ほとんどの保護者は、
医療機関、相談支援事業所、口コミなどから
うちにたどり着いている。

また本来なら、子どものフリースクール登校状況を
学校側が進んで把握すべきところを
フリースクールに通っていることを知りながらも
連絡すらしてこない怠慢な学校もある。

理解のある学校と理解のない学校とで格差がある。
それは教師にも
正しい情報がなかなか伝わっていないからだろう。

⑬ 「学校に行くのは子どもの義務」
法的に明記される「義務教育」とは、
子どもが教育を受ける機会をつくる「大人の義務」であり
「学校に行く義務」でも「学校に行かせる義務」でもない。

しかしこれを知らず、子どもに
「義務教育だから子どもは学校に行かなきゃダメ」
「子どもを無理やりでも学校に行かせなきゃダメ」
と考えて、
子どもを鬱や統合失調にまで追い込むケースは少なくない。

⑭ 「不登校・発達障がいは深刻な問題」
学生時代不登校であっても、発達障がいの特徴があっても
社会で活躍する人はいくらでもいる。
個性ある子は昔もいくらでもいた。

「深刻な問題」はそうした子どもたちではなく
子どもたちを追い込む環境であり
子どもたちの生きづらさを理解できない
周りの大人にあるのだ。

学校=同年令のみの特殊な集団=社会ではありえない環境
であるのに、その枠の中に
馴染めない子どもも全員無理やり押し込み
そこで苦しんだ子の多くが
鬱、統合失調などといった二次障害にまで
追い込まれているという現実。
「学校復帰ありき」で考えるのはそろそろやめません?

また、発達検査が容易に受けれるようになった代わりに
発達障がい→指導が大変→支援級へという
安易な峻別・排除が広がっている。

separationではなくinclusionのための工夫と努力を。
誰にも発達障がいの特徴はあるのだから。

⑮ 「いじめに負けるな」
いじめを「力関係」で解決しようとすると
いじめ被害者が後に加害者になるということが
しばしば起こる。
「やり返せばいい」
「強いのが正しい」という考え方になるから。

最良の解決策はいじめを「超える」こと。
いじめから逃げるのは大切な自己防衛。
そして子どもたちを
いじめという下劣な行為から逃がすことが大切。

いじめを止めるのも、いじめのない環境をつくるのも
その責任は大人にある。
しかし大人がそれをせず、「逃げるな」と言うことほど
無責任で残酷なことはない。


  


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2020年10月19日

【子ども育ちレスキューネットシンポジウム報告】 ②

講演②
「自立するためのきっかけをつくろう」~地域の支援に繋がろう
NPO法人青少年就労支援支援ネットワーク静岡 
事務局長 池田佳寿子さん

・働きたいけど働けない皆さんに、
市民ネットワークによる伴走型の就労支援を提供し、
働く喜びを分かち合える相互扶助の社会を目指している。
コロナ禍で、失業する人、仕事がなくなる人が増えている。

・IPS(Individual Placement and Support)就労支援プログラムの
「クライアントの好みを重視する。
サービスの提供は、プロバイダーの判断ではなく
クライアントの好みと選択に基づいている」ことと
本人の信頼を原則とする。

・「静岡方式」が、地域を大切にしている理由。
①「困っている人」ほど自ら働くことが困難で、
相談窓口に赴くことが難しい。
そのため、地域の民生委員や自治会の方など
地域のつながりを通して出会う人たちが
行政の制度や市場からこぼれる人々を受け止める。
②互助の原理で再組織化して生活しやすくなる。
隙間に陥った人を、制度で埋めるのではなく地域で支えている。
県内に16000人超のボランティア、
西部地区は約530名がいる。
地域若者サポートステーション事業、
学習支援・生活支援事業、
引きこもり支援事業等も行っている。

・「自立」とは何か?
社会的養護を受けた方の答えは、
「情報が取れる」
「選択肢がある」
「喜怒哀楽が出せる」など。

・私たちは人を支えない、支えを外してしまえば落ちてしまう。
本人の人生はあくまで、本人のもの。
本人の人生を送るものを「応援する」応援団でありたい。

・ウィークタイズ(弱い紐帯)の強み。
ごちゃ混ぜであるということは、
支えるとき・支えられるとき
支える側・支えられる側
状況によって変わってくる。
つまり誰もが誰もを応援可能。

・好きなこと、好きなもの、好きなひと
「ストレングス」とは、縁を増やし運に出会うこと。
運を縁に変えて、繋がろう。

・みんなが心がけること  
1)過去でなく、未来を見る、問題でなく強みをみる。  
2)自分が変わる(他人を変えようとしない)
変わるために人から助けてもらう。  
3)小さな変化を起こす。変化に気づく。日常を大切にする。
・応援する人ができること  
1)焦らない。無理しない。
無理をすると本人を責めたくなる。  
2)話すこと、仲間を作る。

・本人ができること  
1)「自分ほめ」上手になる  
2)嫌な経験も失敗も大切  
3)自分に得な考えをする  
4)自分にない考えや選択肢を手に入れる  
5)身近な人から、どんどん話してみる  
6)素直になる、騙され得意になる。

・母子面接で母親がイライラしていることが多い。
「自分が何とかしなくては」と思ってしまう。
母親が楽しそうだと、本人も気づき話せる雰囲気になる。

・困ったときに「大丈夫だよ」と言い合える地域に。
 
NPO法人青少年就労支援支援ネットワーク静岡 https://www.sssns.org/


  


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2020年10月19日

【子ども育ちレスキューネットシンポジウム報告】 ①

10月11日(日)
シンポジウム
「自分らしく生きる、自立するためのきっかけをつくろう!」
を開催しました。
 
昨年10月文部科学省から出された通知には、
「不登校児童生徒支援は、
学校に登校するという結果のみを目標とするのではなく、
児童生徒が自らの進路を主体的に捉えて、
社会的に自立することを目指す必要があること」
と明記されています。

しかし保護者の皆さんはもちろん、学校関係者でも
それを理解している方は少なく
私たちが毎年開催している
「不登校生のための進路相談会」でも
子どもの将来への不安を抱える方は後を絶ちません。
そこで今回、発達障がい、不登校への理解と
「社会的自立」にむけてサポートの
ヒントとしていただくためのシンポジウムを企画しました。

ゲストは
浜松市発達相談支援センタールピロ
所長 内山敏さん
NPO法人青少年就労支援支援ネットワーク静岡
事務局長 池田佳寿子さん
のお二人。

不登校であることや障がいの有無に関係なく、
選択をする権利は「子ども本人」にある、
本人も保護者も支援者も、ひとりで頑張らない
本人も家族も生きることを楽しむことが大切
といった共通したお話がありました。
これは、わたしたちが相談会でいつも伝えていることです。

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
講演①
「自分らしく生きよう」~子供の特性を理解していくために~
浜松市発達相談支援センタールピロ 所長 内山敏さん

・ルピロの相談は、乳幼時から大人まで。
診断前の相談が92%、主訴や背景は様々。
学齢期前から成人まで問題は積み重ねられて複雑になる。

・子どもの発言に嫌な気持ちをしたら、
冷静に怒らずそのこと伝える。

・パニックや大声を出したりしたら、
抑えつけて言い聞かせるのでなく、
別の場所で冷静な口調で話しかける。

言葉でわからないときは、
絵や図を見せたりやってみたりするとわかりやすい。

・パニックの誘因となる何らかの感覚異常があることも多い。
生活の中で対応法を身に付けて対処することができる。
克服させるものではない。

・発達障がいの診断をラベリングで終わらせるのは対処ではない。
対応は個別性が強く、パターン化できるものではない。

・子どもは、周りの期待に気づいている。
必ずしも本音を言えるものでもない。
返事や謝罪がなくても本人はわかっているものだが、
大人は「わかっているか?」と答えを聞きたがってしまう。

・社会的自立とは試行錯誤して自分でつかみ取るものだが、
それは「自分らしく生きること」でもある。

・「自立」とは
1)身辺の自立 
2)基本的なコミュニケーション 
3)危険の認識と回避 
4)金銭管理 
5)生きがいを見つける 
6)家族・友人と人生を楽しむ

・自分らしさを生きるための支援とは
1)「与えられる恩恵」ではなく、「選択の権利」を得るもの 
2)治療やリハビリや指導で完成させるものではなく、
怠けや弱さを克服させることでもなく、
本人の「有効な選択肢」を増やすこと。




浜松発達相談支援センタールピロ https://www.rupiro.com/  


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2020年07月18日

新譜チャリティCD「Beautiful」発売開始!


鬼才「ホッピ―神山」プロデュースによる
タイトル曲「Beautiful(hope)」をはじめとする
オリジナル曲4曲を含んだチャリティアルバム「Beautiful」が
いよいよいもねこ店頭&ネットショップにて発売開始です!!

フリースクール ドリーム・フィールド、いもねこの
想いが詰まったアルバムに仕上がりました(^_-)-☆

みなさんそれぞれにとって
大切な”いのち”、
大切にした”いのち”を
想い聴いていただけることを願っています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「Beautiful」 POWER OF HOPE ¥1000+税

※収益は全額、現在コロナ禍で苦境に立たされている
ライブハウス、小劇場、映画館などに寄付されます。

【POWER OF HOPE】
浜松市にあるフリースクール
「ドリーム・フィールド」のスタッフを
中心としたバンド。

【ホッピー神山】
伝説のバンド「PINK」のキーボーディスト。
鈴木雅之、小泉今日子、氷室京介
布袋寅泰、Chara、JUDY AND MARY
アンジェラ・アキ、吉川晃司、GONG
ジョージ・クリントンなど、数多くの共演、
プロデュース、アレンジなどを行う。

【鈴木エージ】
数々の国内外フェスで絶大な人気を誇る
「DACHAMBO」のベーシスト。

【森下寿一】
HOT KUMAのキーボーディストであり、
数多くのセッション経験を持つ。
一昨年には頭脳警察のキーボードをつとめている。

【丸山朋文】
「SNAKE」のチェリスト。
鬼塚ちひろ、HYDE、葉加瀬太郎
浜崎あゆみ、一青窈、中島美嘉
ポルノグラフィティなど、数多くのツアーや
レコーディング参加など活躍中。

【のり】
本名鈴木哲生。
歌って弾けるけど踊れない農家のおじさん。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
収録曲
1.「Beautiful(hope)」
※ホッピー神山さんアレンジ、プロデュース
https://www.youtube.com/watch?v=UYk8s4l8wSQ
2.「FOR A DREAMER ~for John~」
3.「70years」
※鈴木エージさん(Dachambo)プロデュース
4.「Beautiful(requiem)」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【いのちの物語】

誰もが、大切ないのちとの
別れを経験します。

フリースクール「ドリーム・フィールド」で
14年間みんなと過ごした猫ちゃん“トムリン”も
ひとつの大切ないのちでした。

彼は生涯、怒ったり威嚇したりすることが
一度もない優しい子でした。
きっとみんなの悩みや苦しみなど
負の力を吸い取る力を持っていたのでしょう。

学校に通うことに傷つき疲れ果て、
スクールにたどり着いたみんなの心を
いつも癒し包み込んでくれました。
彼は、僕たちの「同志」「仲間」
いや、それ以上の存在でした。

そんなかけがえのないいのちとの別れは、
誰のもとにもやってきます。

でも、生きるということは
「いのちの物語」を綴ること。
誰もがいのちの物語の作者であり、
誰もがいのちの物語の読者。

自分のいのちの灯を燃やしながら、
周りのいのちから学んで生きてゆく。
それぞれは一話完結ではなく、
それぞれに繋がる物語。

命はいつか尽きるけれど、
そのいのちが綴った物語は
私たちの心に繋がっています。
そして私たちの物語もまた、
周りの人々の心に繋がってゆく。
愛は愛として、想いは想いとして。

だから、生きることは素晴らしい。
そう信じていたい。
いのちの物語を書き終わるまで。  


Posted by さっさ at 17:16Comments(0)

2020年06月20日

トムリンからの贈り物

ドリーム・フィールド、いもねこのみんな
そしていもねこにお越しくださった皆さん
みんなの心を癒し、愛された「トムリン」が亡くなって3年。

ずっと彼のこと
彼から受け取ったこと
大切な人を失った想い
いのちのこと
未来へ繋げてゆくこと
いろんなことを形にしたいと願って曲が生まれ
さらに、
たくさんの皆さんの想いがこもったPVができました。

サビの部分はずっと前にできていたんですが
トムリンへの想いを大切にしたいと思えば思うほど
先に進みませんでした。

年が明けてから書き始めて数日でできあがり
仲良くさせていただいているホッピー神山さん
(PINK、布袋寅泰、吉川晃司、小泉今日子、JUDY AND MARY、
アンジェラ・アキなど多くの演奏やプロデュース、アレンジをてがける)
にデモを送り、アレンジをお願いしました。

ホッピーさんは日頃から同じ視点で世界を観ている「同志」(笑)
なので、デモを朝送ったら、昼過ぎには「できました~」と。
たいせつないのちを失った哀しみ
大切ないのちへの想い
いのちが繋がってゆく希望
そういったストーリーに組み上げてくださったその才能には
改めて頭がさがる思いでした。

そしてホッピーさんが
これまた優秀なエンジニアである岡部潔さんを連れてきてくださって
ベーシスト鈴木栄治さん(DACHAMBO)も駆けつけ
数時間でサクサクとレコーディング。
さっさのボーカルなど、リハもなく一発OK!

さらに
「せっかくだからPV作りましょうよ!」とありがたいご提案も。
高根澤史生さんという
特に「人の表情を大切にする」素晴らしい才能を持った監督さんを
ご紹介くださいました。

監督さんに楽曲をお送りしたところ
やはり楽曲への想いを共有してくださって
数日でストーリーに仕上げて絵コンテを送っていただきました。
高校生前後のスクール生7人の出演をというご依頼をいただき
みんな慣れない早起きをがんばってくれ、当日6時集合。
監督さんも
カメラマンと助手も連れ鉄壁の布陣でお越しくださいました。
もちろんプロデューサーであるホッピーさんも。

そして出来上がったのがこのPVです。
みんなの想いが一つになってできあがったんです。

この撮影の一週間前には
わたしたちにとって大切ないのちとの別れがありました。
さっさにとっても、もちろん僕にとっても
いろんな想いが交錯する撮影でした。
その想いがこみ上げてくる場面もたくさんありました。

生きることって、
決してお花畑のようなもんじゃなくて、
苦しいことや辛いこと、思い通りにいかないことなど
ほとんどがそんなことばかりだなって思います。

でもそんな中でも

ホントにときどき
「生きることって素晴らしい」って思えることがある
そんなものなんだろうなって思います。

そして、卑屈になったり、他人を羨んだりしてしまうと
「素晴らしいこと」を見失ってしまう
そんなものなんだろうなって思います。

トムリンはいまでもそんなことを教えてくれている。
この曲はトムリンがくれた贈り物。
何度でも言うよ。
ありがとうトムリン。

  


Posted by さっさ at 13:08Comments(0)

2020年04月24日

【重要】新型コロナウイルスについて ⑥ (4/9送信)

※ これは4/9 に、ドリフ、いもねこのみんなへ送信した連絡メールです。

③ 精神の安定維持
私たちスタッフが今一番知恵を絞っているのが、
ドリフやいもねこのみんなの心の安定です。

1.スクールのみんな
自分が高校教員をしていた頃、
「仕方なく通っている」「嫌々来ている」という生徒はたくさんいました。

でもスクールの子たちにとってドリフは
「生活の一部」「心のよりどころ」「安心できる場所」になっていると信じています。
そんな場所に通えなくなることは、できる限り避けたいと思っています。

しかし、今のコロナの状況が不安になって
「行きたいけれど不安」という子はすでにいますし、これからも増えてゆくでしょう。
さらに今の感染状況が広がって、
「家にこもっているしかない」というくらいになる時もあるかもしれません。
残念なことにスクール内で感染者が出てしまうということも、
決してあり得ない話ではありません。

そんな場合でも、
スタッフと子どもたち、スクールに来ている子たちと家にいる子、子どもたち同士
それぞれが繋がれるような体制を整備しつつあります。
コロナとの戦いは長期戦となるかもしれないので、細く長く続けれればと思っています。
具体的には以下の通りです。

【ツール】
主にLINEの映像通話や音声通話を使用する予定でいます。
もちろんメッセージのやり取りでもOKです。
スマホがない場合やLINEが不可能な場合は、
スカイプなどPCのツールを用いることも考えようと思っています。

【内容】
もちろんそれぞれの興味や関心、必要性によって違いますが
・通信高校のレポート指導
・タブレットなどによるお勉強
・各講座のオンライン講座
・ゲームや趣味の話
・悩み相談や雑談
などなど何でもありです。

【時間】
それぞれの都合の良い時間となりますが、講座などはこちらからの指定する時間で実施し、
その他は本人の希望する時間や
午前9時~夜19時くらいまでのご家庭の都合の良い時間でもできます。

2.いもねこのみんな
みんなの精神的な安定のための一番の課題は「お仕事」です。
皆さんご存知のように、
今、飲食業はリーマンショック以上の大きな打撃を受けています。
すでに休業や倒産も相次いでおり、
途方に暮れている店長や経営者は身近にもたくさんいます。

そんな中で、いもねこも苦境に立たされています。
カフェも4月に入ってから土日も人がめっきり少なくなり、
クッキー販売の柱となっていたイベントもすべてなくなりました。
今のままでは、みんなの仕事もみんなに支払えるお給料も払えるのは時間の問題です。

そこで、カフェとショップでは3月から「お弁当」に力を入れるようにしました。

しかし今後来店するお客さんはさらに減るかもしれません。
個人の小さな店ならば、縮小したり休業するしかないかもしれません。
大型店ならば、経営の合理化でバイトやパートをあっさり解雇するでしょう。

しかしいもねこは、みんなを守るための場所ですから
私たちスタッフはできる限りの経営努力をしなければなりません。
それが私たちの責任です。

ですから、もし万が一ドリフやいもねこの中で感染者が出て
一時的に休業しなければならない時があったとしても、
決して歩みは止めません。

そんな最悪の状況を含めて、今考えていることは以下の通りです。

1.お弁当、夕食惣菜の販売
飲食目的での来店者が減ってゆくことは前述したとおりですが、
それに伴ってお弁当や夕食惣菜の需要はある程度残るものと思われます。
そこで、お弁当と惣菜の販売に力を入れようと思います。

2.猫ちゃん雑貨
飲食のお客さんは激減するでしょうが、
猫ちゃん雑貨に関しては特化しているので需要はそこそこあるはずです。
カフェもショップも雑貨コーナーを広くして、
猫ちゃん雑貨販売を拡充しようと考えています。

3.ネット販売
1と2はお店での仕事を少しでも減らさないようにする工夫ですが、
一時的にでもお店の営業ができなくなる可能性もあります。
そんなことを考えて、ネット販売を拡充しようと準備しています。

これまでネット販売はクッキーのみでしたが、
今後は雑貨のネット販売も始めます。
全国に広がって各地から注文が入るようになれば(笑)

みんなの仕事に困ることもありません。(そうなると良いなあ。。。)
スイーツもネット用の新しいものを松島さんが考えてくれています。
また、みんなが作ったいもねこオリジナル商品も販売します。

僕が勝手に「いもねこお守りストラップ」と呼ぶ手作りストラップは
一番のお気に入りです(^-^)

4.在宅ワーク
他にも、万が一いもねこに通うことが難しくなった子たちのために
内職のような形でお仕事を用意することを考えています。

以上のようにお仕事に関してもいろいろと考えていますが、
シフトの時間が少なくなったり
少ない仕事を他の子たちとシェアしなければいけなくなったり
シフトの時間が変わったり、いろいろな可能性があります。
それもみんなで生き残ってゆくために必要なことなので、
その際にはどうかご了承ください。

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

何度も繰り返しますが、残念なことに今の日本は、
国が守ってくれる社会ではありません。

安倍政権が発足した最初に彼らが取り組んだことの一つは、
海外への「武器輸出」PRでした。
その時から僕は
「安倍さんは命よりも金を優先する人なんだ」と見透かしていました。

残念ながら、こういう未曽有の国難が起こっている時こそ
そういう本性が露呈されるものですね。
自分たちの命も生活も、自分たちで守ってゆくしかないのです。

でも僕はこの混乱の中で、逆に希望も感じています。
私たちの周りには、温かい心を持った素晴らしい人たちが
こんなにもたくさんいるんだと。
日々心から感謝とともに改めて実感しています。

状況は日々刻々と変化しています。
私たちには明日のことさえわかりません。
上記の対策も来週になれば状況に応じて変わってゆくかもしれません。

でも、心配していても眼の前の現実は変わりません。
それならば、日々をポジティブに前向きに生きましょう。

みんなで心と力をひとつにして生き残ってゆきましょう(^_-)-☆  


Posted by さっさ at 17:25Comments(0)
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さっさ
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フリースクール、ドリーム・フィールドのスタッフです~  得意なことは天然トークと忘れ物です(笑)  キーボードとコーラス、フルートも吹きます。  オーボエを吹いた時代もあるなあ~  浜松学芸高校を中退してスクールで働き始めて5年目、通信高校の?年生だよ!  よろしくね!
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